本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『古書修復の愉しみ』アニー・トレメル・ウィルコックス著、市川恵理訳

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アニー・トレメル・ウィルコックス著
市川恵理訳
白水社
2,520円


 壊れた本をどうするか。ページや表紙が破れたり取れたり、しみができたり変色したりした本だ。紙が発明されて以来、本は歴史や物語、公的記録、時には神の言葉を伝える物として、読まれ、保存されてきた。本は文章だけが重要なのではない。その時代の技術の粋をつくして美しい装飾をほどこされた本は工芸品だ。
 書籍修復家という人々がいる。絵画などの修復と同じく、古書を直し、作られたときの状態にできるだけ近づける仕事をする職人だ。著者アニー・トレメル・ウィルコックスは書籍修復家に弟子入りした。現在は自らも書籍修復家として活躍している。この本は、彼女が自分の徒弟修行を愉しく思いおこしたものだ。
1983年のある日、アメリカのアイオワ大学で、著者は、ひょんなことから有名な書籍修復家ビル・アンソニーの講義を聴くことになった。やがて彼女は書籍修復を本格的に学びたいと思い、彼のもとに弟子入りする。
 この本には西洋の書籍修復がくわしく描かれている。壊れた本を一度分解する。ページをかがっていた糸を切り、バラバラにし、ページを特殊な溶液に浸してしみ抜きをする。そして破れたページをつなぎ、再びページをとじ合わせ、必要に応じて新しい表紙を作る。修理には日本のでんぷん糊や和紙が使われることもある。さまざまな道具を使いこなさなくてはならない。ナイフを自分で使いやすいように作る。へらも自分で削って形を整える。熟練を必要とする、まさに職人の技だ。著者はアンソニーの温かい指導と、日本の建具職人が自分の修行時代を描いた手記に導かれて、書籍修復家として成長していく。
 彼らのような職人のおかげで、過去の言葉や歴史、またそれを残す本を作る技術が今日まで伝えられてきた。そしてそれは未来まで残る。
(掲載:『望星』2005年2月号、東海教育研究所)