
『
活きている文化遺産デルゲパルカン―チベット大蔵経木版印刷所の歴史と現在
』
池田巧、中西純一、山中勝治共著
明石書店、3,150円
中国西部の
四川省の、さらに西北部、
チベット自治区と隣り合う
チベット人の多く住む地域、豊かな森林が広がる標高3,220mの山中のデルゲの町。人口5,000人ほど。ここに
チベット文化圏の数少ない
大蔵経の
木版印刷所デルゲパルカンがある。18世紀に創立され、
チベット仏教の伝統を伝えてきた。現在でも、手作業で経典を印刷している。
大蔵経とは仏教
聖典の総称とされる。
チベット大蔵経は古代インドの仏教を色濃く残しているという。しかし今、機械印刷による経典が安く出回るようになり、デルゲパルカンの経典が売れなくなってきている。資金難、職人不足も問題だ。映像作家中西純一と
言語学者池田巧、植物学者山中勝次はデルゲパルカンの施設、印刷物、版木、それを作る職人の技術や作業など、すべてを「活きた
文化遺産」として保護すべきだとうったえる。
デルケパルカンに保存されている版木は仏教経典ばかりではない。歴史、医学、文学、宗教画など。その数、27万枚あまり。まさに地域の図書館、美術館、博物館にも相当するのだ。紙漉き職人や版木の彫り師や印刷職人が代々伝えてきた芸術的な伝統技術もある。技術はふつう親から子へ受け継がれる。周辺の山に生える草や木を使って紙を漉き、版木を彫る。そして流れ作業の手仕事で素早く何枚も印刷していく。さらにデルゲパルカンは地元の信徒の信仰の対象でもある。朝、建物の周りをお経を唱えながら歩く人々が見られるという。デルゲパルカンは
文化遺産でありながら、今でも「活きて」いるのだ。
山深い秘境で、昔ながらの手仕事の印刷、出版が代々行われてきている、というと、何かロマンを感じてしまう。信仰とは、こういう素朴な仕事に根ざすのかもしれない。こうした遺産を失ってはならない。
(掲載:『望星』2003年12月号、東海教育研究所)