本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『アイスランドへの旅』ウィリアム・モリス著、大塚光子訳

Htbookcoverimageアイスランドへの旅ウィリアム・モリス大塚光子晶文社 2,520円    この本の著者ウィリアム・モリスは19世紀イギリス文化の巨人である。壁紙や織物の装飾デザイナー、詩人、社会主義運動家で、さらに理想の本を造るために印刷所を設立、現在の造本にも影響を与え、そして晩年に書いた小説は今のファンタジー文学の先駆とされる。  モリスは、若い頃から中世アイスランドで書かれた一連の物語「サガ」に傾倒していた。サガには王、英雄、農民たちの栄光、確執、謀略、復讐、愛が乾いた言葉づかいで描かれている。モリスはサガの舞台となったアイスランドの地に憧れ続け、ついに1871年の夏、37歳の時にそこを訪れることになった。この本はその旅行で彼がつけた日記がもとになっている。  車も飛行機もない当時、30頭もの小さいが頑丈なアイスランド馬を連ねて旅をする。アイスランドは「火と氷の島」と言われるように溶岩質の土地の上にところどころ氷河がある。岩山と溶岩原と灌木や苔や草の荒野が広がる不思議な景色。川は急流が多い。夏でも日本の三月ほどの気候で、天気が変わりやすい。そこをモリスたちは六週間かけてキャンプをしたり、地元の農場にやっかいになったりしながら、サガの舞台を訪れる。モリスは少年のようにワクワクして憧れの地を訪ね、過去に思いをはせる。かつてサガに描かれた情熱と勇気は、今では平和でつつましい農民の生活にとって代わられていた。それでもモリスは書く。「アイスランドはすばらしい、美しい、そして荘厳なところで、私はそこで、じっさい、とても幸せだったのだ。」  モリスのアイスランドへの憧憬は、現在私たちが歴史や文学に描かれた地に憧れるのと同じだ。この本はモリスの人柄がよく表しているが、それと同時にアイスランドやサガを知るための手がかりとなるだろう。 (掲載:『望星』2001年、東海教育研究所)