『千の太陽よりも明るく―原爆を造った科学者たち (平凡社ライブラリー)』
ロベルト・ユンク著
菊盛英夫訳
1,680円
1945年、世界初の核実験の際、原爆研究所所長ロバート・オッペンハイマーは、明るい火の玉が天地をつつんでしまうのではないかと思うくらい大きくなっていくのを見て、古代インドの詩の一文を思い浮かべたという。
千の太陽の光が一時に突如として天空にきらめき出ることがあれば
そはかの荘厳なる者の光輝にも似ん…。
ところがやがて不気味な巨雲が立ちのぼったとき、別の詩の一文が頭に浮かんできた。
おれは何もかも奪い取る死神
宇宙を揺すぶり動かす者ぞ。
まさしく死神を世に送り出した瞬間にふさわしいエピソードである。
この本の著者ロベルト・ユンクはドイツ生まれのノンフィクション作家。原子力の危険性を著作のみならず講演活動でも訴えてきた。この本の初版は1958年文藝春秋より発刊されている。
第2次世界大戦前、科学者たちは国境を越えて未知のエネルギー原子力の解明に取り組んできた。が、大戦勃発によって彼らはそれぞれの国の国策に従わざるをえなくなる。やがてアメリカでは原爆製造計画が進められ、科学者たちもそれに参加することになる。やがて原爆が完成。日本に投下されるが、科学者たちは自分たちが造り出したもののもたらした惨劇に恐怖する。だが数年後ソ連も原爆の開発に成功。核開発競争が始まる。
そんななかで、それぞれが善良な人間である科学者はどう考えたか。科学を前進させたという誇り、巨大な力を生みだしてしまったという苦悩。こうした二つの思いをこの本は描き出している。
核兵器を削減または制限する条約ができた今でも核の恐怖はなくならない。
(掲載:『望星』2002年、東海教育研究所)