本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『ファンタジーと言葉』アーシュラ・K・ル=グウィン著、青木由紀子訳

51t3pv0hqpl_aa240_ファンタジーと言葉』 アーシュラ・K・ル=グウィン青木由紀子岩波書店、2,520円  アーシュラ・K・ル=グウィン。「西の善き魔女」とあだ名される作家。代表作は1968年の発表から今なお読みつがれるシリーズ『ゲド戦記』。SFでの代表作は『闇の左手』。アメリカSF界の賞、ヒューゴー賞ネビュラ賞と同時受賞した。今もなお精力的に活動中。『西のはての年代記』シリーズが最新作だ。このうち『ギフト』『ヴォイス』が2007年9月の時点で邦訳が刊行されている。続編『パワー』も原書で発行されており、邦訳が待たれるところだ。  ル=グウィンの父はネイティヴ・アメリカン研究の先駆で文化人類学者のアルフレッド・クローバー。母は作家のシオドーラ・クローバー。夫のネイティヴ・アメリカンの友人イシの半生を描いた『イシ』が有名だ。この両親とネイティヴ・アメリカンたちはル=グウィンの人生に深い影響を与えた。  この本はル=グウィンのエッセイ集だ。  ル=グウィンは言う。「アメリカ人は竜をこわがっている」。竜とは想像力の結晶のこと。想像力を抑圧し、こんなものは子どもっぽい、柔弱だ、むだなうえに道徳的に疑わしいといって拒絶するのだ、と。批評家や教師たちの大半が「文学」と呼ぶものは、いまだに近代主義リアリズムで、他のすべての形式のミステリー、SF、ファンタジーなどはジャンル小説として片づけられる。わたしは想像力から生まれた、これまで一度も見たことのないものを感じたい。それが変身をもたらす想像力の炎につつまれながら自分に飛びかかってくるのが見たい。それは想像力の結晶である竜。「わたしは本物の竜が見たいのです。」  この本の原題である「心のなかの波」はヴァージニア・ウルフの言葉から取られている。心のなかの波、これこそが想像力と創作と言葉よりもっと心の奥底にあり、これを見いだすことなしに言葉を紡ぎ出し物語を描くことはできない、とル=グウィンは考える。波はやがて岸に砕け言葉という飛沫と飛び散らすと。  ル=グウィンの言葉と文章は、隠喩と知性に富み、波に砕ける飛沫のようにときどき捕らえがたい。こちらの想像力が試されているようだ。 (掲載:『望星』2006年9月号、東海教育研究所より加筆訂正)