本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『古本暮らし』荻原魚雷著

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古本暮らし

荻原魚雷

晶文社

1,785円

 著者の住んでいる高円寺界隈の中央線沿いは、個性的な古本屋が多い。中央線で古本屋のメッカ神田神保町に向かう。古本屋での心躍る本との出会い。至福の瞬間だ。

 「手にとった瞬間、わけもわからずほしくなる。心の針がふりきれる。値段がいくらだろうが、財布の中にはいっている金額で買えるなら買う。足りないときは取り置きしてもらう。そんな本にめぐりあうのは、一年に一度あるかどうかだ。」

 著者の守備範囲の本は、大正、昭和の文学者の随筆など。この本は、著者が文学者に心重ねる日常をつれづれなるままに書いたエッセイだ。

 若いころより世の中からはみ出て暮らす日々。古本を片付け、売りに出し、また古本を買う。好きなことをして生きているが、それでも生きにくさを感じる。と、つい、文学者の心情に共感してしまう。著者が引用している吉行淳之介の文章より。

「どんな世の中になっても(…)、詩人とか作家は、やはり追い詰められ追い込まれて、そういうものになってしまうのが本筋ではあるまいか、と私はおもう。人生が仕立ておろしのセビロのように、しっかり身に合う人間にとって、文学は必要ではないし、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ。」

 のんきな暮らしをしていて何を言う、と思われる向きもあるかもしれない。だがこれも人生だ。生きにくくても、好きに生きなければ損なのだ。酒を飲んだ後の、おいしいお茶漬けのようなエッセイである。

(掲載:『望星』2007年9月号、東海教育研究所)