本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『悪魔に魅入られた本の城』オリヴィエーロ・ディリベルト著、望月紀子訳

418psdma19l_aa240_

悪魔に魅入られた本の城 (シリーズ愛書・探書・蔵書)

オリヴィエーロ・ディリベルト著

望月紀子訳

晶文社、1,995円

 本を手に入れるのは、実はたいへんなのだ。多種多様な書店がある東京に住んでいるのならいざしらず、ベストセラー以外の本は、地方の近所の本屋さんでは容易に見つからない。研究書や洋書だったら、なおさらだ。今はインターネット通販で手に入れることもでき、ありがたいが、中身を見たこともない本を買うのは心配がある。やはり手にとって読んでみて、これ、と決めて買うのが本を買う醍醐味だろう。だがこうして苦労して手に入れた本は、買う本人以外からは愛着をもってはもらえない。

 この本は、ノーベル文学賞に輝くドイツ人歴史家テオドール・モムゼンの大量の蔵書の数奇な運命をたどったものだ。

 モムゼンは、19世紀に活躍した古代ローマ史の大家。歴史学者で法学者だった。彼の書庫には私有の本ばかりでなく、公有財産である古書や写本も入っていた。それが、彼の不注意でろうそくから火がつき燃え広がり、蔵書の大半が焼失もしくは修復不可能になってしまった。

 失意のどん底モムゼンに弟子、友人、文化機関などが手をさしのべた。モムゼンの蔵書を再建しようと本を贈呈したのだ。完全とまでいかなかったが、多くの同じ本が戻り、モムゼンは研究を再開した。だが23年後、再び書庫はモムゼンの不注意から火事になった。本の被害は一部にとどまったものの、彼自身は重傷を負った。同年彼は死んだ。

 遺族は蔵書の処理に困るものだ。モムゼン蔵書は、遺族によってばらばらに売られた。蔵書の一部は、購入者によってボンの芸術考古学博物館に寄贈された。今もボン大学などに保存されている。大部分はベルリンの国立図書館に贈られた。だが第二次世界大戦の際、戦火のなかでモムゼン蔵書は散逸した。

 しかし近年、イタリアのあちこちで、モムゼンの蔵書だったことを示すモムゼンの蔵書印を押された本が見つかった。いったいどのような運命がモムゼンの蔵書たちを見舞ったのか。

 著者ディリベルトはイタリア人。ローマ法史の研究者で、政治家、そして愛書家である。本の探偵さながら、モムゼン蔵書の行方を追っていく。そこで彼が出会うのは、モムゼン蔵書の価値も解らずに手放してしまう相続人や図書館員、そしてモムゼン蔵書を救う目利きの古書店主や理解ある研究者、図書館員だ。

 研究書の価値は少数の専門家しかわからない。モムゼンのような大家の蔵書ですらこの有様なのに、一個人の蔵書への愛着などは本人しか解らず、家族にとってはただの場所ふさぎにしか思われないだろう。そして捨てられるのだ。本への愛をつらぬきたいなら、「私が死んだら本もいっしょに焼いてください」と遺言するしかないか。

(掲載:『望星』2005年5月号、東海教育研究所)