本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『パレスチナ問題』エドワード・W・サイード著、杉田英明訳

418qs4p64dl_aa240_パレスチナ問題エドワード・W・サイード杉田英明みすず書房、4,725円  著者エドワード・W・サイードパレスチナ人。文学研究者、文学批評家。2003年9月、ニューヨークで亡くなった。白血病を患い、長い闘病生活の末のことだった。  サイードエルサレムに1935年生まれ、少年時代、イスラエルの拡大から逃れて家族でカイロに難民となって移住した。16歳で単身アメリカに渡って高校、大学と進み、以来アメリカを拠点として、大学で教鞭をとる。そしてパレスチナ人の「声」をその著作で発表してきた。代表作『オリエンタリズム』『戦争とプロパガンダ』シリーズなど。イスラエルパレスチナ人への暴力と排斥に鋭い言葉で抵抗、非難し、それを支持するアメリカ政府を批判し続けた。  この本はサイードのもう一つの代表作である。原書は1979年に発行されたが、2004年ようやく邦訳が出た。  著者はこの本で、イスラエル建国の原動力となったシオニズムユダヤ人がシオンの地すなわちパレスチナに民族の郷土を建設しようとする運動)の歴史を、その犠牲となり、劣った者とされてきたパレスチナ人の側から語り直す。彼はシオニズムは、オリエンタリズム—西洋は異質な東洋より優れており支配すべきとした思想—と結びついたとしている。イスラエル建国のために、パレスチナに住んでいたパレスチナ人は「いないもの」とされ、せいぜいテロリストとして扱われてきた。サイードは言う。  「私たちはパレスチナと呼ばれる土地にいた。たとえナチズムを生き抜いたヨーロッパのユダヤ人残存者を救うためであっても、ほとんど何百万もの同胞にパレスチナからの離散を余儀なくさせ、私たちの社会を雲散霧消させてしまったあの土地奪取と私たちの存在抹消とは、いったい正当化される行為だったであろうか。いかなる道徳的・政治的基準によって、私たちは自らの民族的存在や土地や人権に対する主張を捨て去るよう期待されているのだろうか。一民族全体が法律上存在しないと告げられ、それに対して軍隊が差し向けられ、その名前すら抹消するために運動が繰り広げられ、その『非存在』を証明すべく歴史が歪曲される。そんなとき、何の議論も沸き起こらない世界とは何なのだろうか。」  一方彼は、ユダヤ人を非難、告発するだけではなく、パレスチナ人とユダヤ人の和解と共存の道を模索する。このパレスチナ問題を亡くなるまで著作や政治活動でもって情熱的に戦った。  サイードがこの本を書いたときよりも、現在は両民族のなかで、和解するために互いに歩み寄ろう、という人々が増えている。だが、テロと爆撃の応酬もまた続いている。彼が死ぬまで願った共存と平和へは遠い。 (掲載:『望星』2004年6月号、東海教育研究所より改変)