本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『アレクセイと泉』本橋成一撮影・著

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アレクセイと泉

本橋成一撮影・著

小学館、3,570円

 

 1986年にウクライナで起こったチェルノブイリ原発事故では、隣国ベラルーシ放射性物質に汚染され、広い地域が住むには危険な地域になった。たくさんの子供たちが放射能に侵され、死んだ。その地域の人々は政府の勧告により移住し、多くの村々が廃村となった。

 だがいくつかの村では、老人たちが故郷を離れることを拒否して暮らしている。写真家本橋成一は、そうした人々を写真集『チェルノブイリの風』『無限抱擁』『ナージャの村』でとらえてきた。この本『アレクセイと泉』はそうした彼の仕事の一つ。同名の映画の制作と平行して、この写真集を作った。

 チェルノブイリの北東180キロにある小さな農村ブジシチェ村。かつて600人もの人々が住んでいたが、原発事故で危険地域に指定されたため、多くの住民、とりわけ若い世代が村を離れ、老人たちと一人の青年アレクセイだけが暮らしている。村の中心には「百年の泉」と呼ばれる泉が湧き出ており、その水からは、奇跡のように放射能が検出されない。村人たちは、全てを清める聖なる泉として毎日飲み、家畜にもあたえ、時には薬として使っている。アレクセイは唯一の若い者として、老いた父母や村の老人たちを助ける。水汲み、作物の収穫、薪取り、大工仕事。

 純朴なアレクセイを中心に、泉と大地の恵みを受けたのどかな農村の暮らしが、煙るように美しいモノクロームの写真で詩のようにつづられてる。が、写真を見ている側からは、汚染地域だという緊張が頭から離れない。

 『ナージャの村』で、ある老人が「どこへいけというのか。人間の汚した土地だろう。」と言った。アレクセイは「この村以外の、いったい何処へ?」。大地を汚すのも人間、その恵みを受けるのも人間。

 この本ができてから6年たった。アレクセイたちはどうしているだろう。

(掲載:『望星』2002年、東海教育研究所より改変)