本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『ユージン・スミス 楽園へのあゆみ』土方正志著

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ユージン・スミス―楽園へのあゆみ

土方正志著

偕成社

1,470円

 ユージン・スミスは太平洋戦争から日本の水俣公害までさまざまな渦中のなかの人々を写してきたフォト・ジャーナリスト。今も世界の多くの写真家の尊敬を集めている。この本は別冊東北学編集室代表、土方正志氏が1993年に佑学社から発刊したユージン・スミスの伝記を、今回加筆、訂正して新たに刊行したものだ。フォト・ジャーナリストの長倉洋海氏が解説を寄せている。

 ユージンが駆け出しのカメラマンの時、太平洋戦争が始まった。南太平洋へ戦争取材に飛び出したユージンが見たのは、むき出しの人間が殺し合う戦場だった。子どもなど弱い者が真っ先に犠牲になった。アメリカ軍の進行ともに沖縄に上陸したユージンは前線で日本軍の砲弾を浴びて重傷を負った。このときの後遺症が彼を一生苦しめることになる。

 もう写真の仕事はできないのか、と絶望していたユージンは、傷に耐えながらある1枚の写真を撮った。彼の子どもたちが木立の暗がりから日向へと歩きだそうするワンシーン。あたかも絶望の暗闇から希望の光への歩きだそうとしているかのようだ。この写真が彼の代表作の1つ「楽園へのあゆみ」だった。

 以後ユージンは戦場に行くことはできなくても、世界の片隅で働いている名もない人々を取り上げ発表し続けた。

 フォト・ジャーナリストとして名をなしたユージンは、日本で公害病に苦しんでいる漁村があると聞いた。水俣だった。さっそく赴き住み込んで、3年間もかけて精力的に取材し、被害者とその家族の生きる苦しみと喜びを写真に撮った。これが写真集「水俣」へと結実した。ここには障害を負った娘を抱きかかえて風呂に入れる母親や、そのほか水俣の人々の日常がとらえられている。

 ユージンは聖人ではなかった。頑固で周りの人を巻き込んでまで自分の写真への信念を貫き通した。だが弱い者へのまなざしは温かかった。彼は戦う人だった。

(掲載:『望星』2006年5月号、東海教育研究所)