本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ沢渡 曜の書評ブログ

『ミノタウロス』佐藤亜紀著

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ミノタウロス

佐藤亜紀

講談社

1,785円

 

 この本は昨年出版されたもの。私は佐藤亜紀氏のデビュー作『バルタザールの遍歴』のころからのファンだ。出版されるとさっそく買って読み始めた。だが、あまりの、殺す、犯す、殺す、犯す、の連続にぐったりして途中で投げ出し、1年ほどそのままにしてしまった。

 その後、がんばって読み直した。そうしたら、暴力と殺人の連続の果てに、なんというか何かの極北?のようなものが見えた。

 舞台はロシア革命のときのウクライナ。主人公ヴァシリは片田舎ミハイロフカの地主の次男坊。父は一代で財を成した。母は気取った都会女ですぐ首都キエフに帰ってしまった。兄は母の溺愛を受けて育ち軍人になったが砲弾で顔半分を吹き飛ばされて前線から帰ってきた。革命の波を受けて、地方政府は崩壊。オーストリアの侵攻。赤軍と白軍の戦い。これまでの秩序は形を無くした。その泥沼のような世の中を、農民あがりのごろつきたちが徒党を組んで武装し、戦闘、略奪、強姦と荒らし回った。鼻っ柱は強いが出来の悪いヴァシリは、父と兄の死後、土地と家屋敷を失い、元オーストリア兵で教養人のウルリヒ、臆病者だか抜け目のないフェディコとともにそのなかに突入し、蛮行の限りをつくす。

 「ぼくは美しいものを目にしていたのだ─人間と人間がお互いを獣のように追い回し躊躇いもなく撃ち殺し、蹴り付けても動かない死体に変えるのは、川から霧が漂い上がるキエフの夕暮れと同じくらい、日が昇っても虫の声が聞こえるだけで全てが死に絶えたように静かなミハイロフカの夜明けと同じくらい美しい。…それ以上に美しいのは、単純な力が単純に行使されることであり、それが何の制約もなしに行われることだ。こんなに単純な、こんなに簡単な、こんなに自然なことが、何だって今まで起こらずに来たのだろう。誰だって銃さえあれば誰かの頭をぶち抜けるのに、徒党を組めば別の徒党をぶちのめし、血祭りに上げることが出来るのに、これほど自然で単純で簡単なことが、何故起こらずに来たのだろう。」

 人が互いに殺し合うのは獣になったからだろうか。いや人間だからこそ際限なく殺し合い、強姦する。ミノタウロスとは頭は牛、体は人間の怪物のこと。限りなく獣に近い人間たちが殺戮の荒野を走る。

 佐藤氏の小説の魅力は、その文章の強さだ。ちまたにあふれる、やさしさと癒しなんて糞食らえとばかりに大鉈をふるう。

 吉川英治文学新人賞受賞作。