本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『酒づくりの民族誌 増補―世界の秘酒・珍酒』山本紀夫編著

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酒づくりの民族誌 増補―世界の秘酒・珍酒

山本紀夫編著

八坂書房

2,520円

 

 

 

 酒はおいしい。酒は楽しい。味わうは快感。酩酊は極楽。

 この本はワインやウイスキーなどの高級酒ではなく、世界の民族の地酒、主に家でつくる酒、その数30以上を取り上げる。そのつくり方、楽しみ方を人類学者、農学者たちが取材した。とは言っても論文ではなく肩のこらない読み物だ。1995年に発刊された『酒づくりの民族誌』の増補改訂版。前書が品切れとなり古本市場から高値でしか手に入れられない状況を見かねての発刊だそうだ。

 世界の多くの民族が土地にふつうにある作物で酒をつくっている。果実、蜂蜜、芋、穀類などさまざま。酒は糖分があれば、何ででもつくることができるのだ。酒づくりの原型と言われるのは口嚙みの酒だ。原料を嚙んで唾液に含まれる酵素でデンプンを分解し糖分に変えてからアルコール発酵を待つ。口嚙み酒は中南米のほか奄美、沖縄、台湾、北海道、中国各地で盛んにつくられていた。日本本土にもあった可能性がある。西表島では大正末期までうるち米を使った口嚙み酒が祭に出されていた。

 中南米エクアドル・アマゾンでは口嚙み酒がまだ残っている。カネロス・キチュアの人々の酒づくりはキャッサバという芋が原料。皮をむいて茹でたキャッサバを潰しながら、その一部を口に入れもぐもぐぺっとやる。こうしてできたものを3、4日寝かせ水を加えてできあがり。これがチチャという酒。水をそのまま飲む習慣のないカネロス・キチュアの人々にとってチチャは水代わり。大人も子どもも飲む。おもてなしの飲み物でもあり、宴会を楽しくまわす。

 また芋焼酎は日本の代表的な庶民の酒。だが、サツマイモは南米が原産地だ。江戸時代、琉球から日本に伝わり各地に広まった。すてきな出会いだ。八丈島芋焼酎にはこんな逸話がある。薩摩の商人丹宗庄右衛門は禁制を犯し八丈島島流しになった。当時の八丈島では禁酒令が布かれていた。食糧事情の悪いこの島で、酒のために大量の穀類を潰すことはできなかったのだ。しかし、島民の祝い事には酒が欠かせない。そこで庄右衛門は島民に呼びかけてサツマイモを供出させ、本場薩摩の焼酎をつくった。サツマイモは穀類から除外されていたので禁酒令には触れないし、量産できる。島民はこぞってこの製法を教えてもらい、芋焼酎は島中に広まった。そして島には明るさが戻ってきたという。庄右衛門の功績を讃えて八丈島役場の裏には「島酒之碑」が立っている。

 そのほかリュウゼツランの花の蜜からつくられるメキシコの地酒プルケ、穀物や果実などからつくりスープのもとにもなる東スラブの軽い酒クワス、アフリカからインド、東南アジア、太平洋と広くつくられているヤシ酒など、土地土地の酒についていろいろ語られている。数々あるがどれも人の和を醸すのが酒の技。

(掲載:『望星』2008年7月号、東海教育研究所に加筆)