箕輪成男著
3,150円
世界的ベストセラーになったウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』は中世北イタリアの修道院が舞台。そこはキリスト教世界最大の蔵書を持ち、また修道士が写本を筆写、製作する写本製作所でもあった。
西欧では本とキリスト教は切り離して語ることができない。キリストの語った言葉は弟子へと伝えられ、弟子がそれを書き残し、あるいは弟子の弟子が書き記した。それらは書き写され写本となった。美しい彩飾をほどこされて教会に収められたり、または異教徒への布教のために遠く旅に出たりした。
著者は出版学の研究者。この本で、出版の発展に大きく関わった修道院での出版活動へと読者を導く。
西欧でのキリスト教の発展とともに本も広まっていった。6世紀、修道院成立初期から写本製作は始まった。紙ではなく、羊や山羊から作る皮紙の本である。聖ヒエロニムスの教え「いついかなる時も目と手を書物から離すな」に忠実に修道士たちは読み、そして書いた。
9世紀、フランク王国のカール大帝のもと学芸の保護が行われた。これが、カロリング・ルネッサンスと呼ばれる文化の一大隆盛をもたらした。修道院も大規模になり、スイスのザンクト・ガレン修道院など大修道院は西欧の学術センターとなった。多くの修道士がやってきて蔵書を筆写しては自分の修道院に持ち帰った。またキリスト教の本も、聖書はもちろん祈祷書、典礼書、賛美歌集と増えた。写本は売買のできるものとなり、修道院は出版元として活動した。
12世紀になると学術の中心は大学へと移った。写本の工房が都市にいくつも作られ、出版活動もまた大学に移った。
著者は出版人の立場から中世の出版事情を語っている。印刷技術が発達する前の写本文化も、出版の歴史にとって実り多いものだったのだ。
(掲載:『望星』2007年2月号、東海教育研究所)