本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『鉄腕ゲッツ行状記 ある盗賊騎士の回想録』ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン著、藤川芳朗訳

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鉄腕ゲッツ行状記―ある盗賊騎士の回想録

ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン著

藤川芳朗訳

白水社、2,625円

 

 「騎士」といえば弱きを助け悪をくじく、というイメージが離れない。だが中世も終わる頃、騎士道華やかなりし時代は遠くなった。ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンは16世紀前半ドイツ、当時の神聖ローマ帝国に活躍した帝国直属騎士で、地方の小貴族。当時ドイツは大貴族が支配地を広げ大都市が富を蓄えていた。かたや騎士の権威は下がりつつあった。騎士でなくても使える鉄砲や大砲や弩が開発され、また傭兵が使われるようになり、戦争での騎士の価値は低くなった。

 豊かでない騎士は盗賊まがいのことを稼業にする者もいた。ゲッツもその一人。「フェーデ」と称して旅の貴族や商人などを襲い、金品を奪い人質をとる。さらに身代金を要求する。フェーデとは本来ゲルマン民族の法の、自分で自分を守る権利に基づいていて、自分や自分の親族が他者から損害を被ったら戦うことができるというものだったが、ゲッツたちはこれを都合良く解釈していたようだ。

 「鉄腕ゲッツ」と彼は呼ばれていた。戦場で失った右手に精巧な義手をはめ、フェーデで名をあげていった。この本は晩年のゲッツが語った回想録。これをもとに、18世紀ゲーテが戯曲「鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」を書き、古き良き素朴な騎士ゲッツを讃えたが、本当の彼はどんな人だったのか。

 若い頃からゲッツはフェーデに励んだ。襲撃、強奪そして身代金をせしめる。そのあげく大貴族、大都市、果ては大司教をも敵に回した。そして宗教改革の波が来て、農民たちが領主や教会に反旗を翻したドイツ農民戦争では、なぜか頭目に担ぎ出されてしまう。

 剛胆にして狡猾、一本気にして老獪。自分では神の御心のままに戦った、と言っているが、見事な悪漢ぶり。中世と近代の間の動乱の時代をしたたかに生きた魅力あふれる男の物語だ。

(掲載:『望星』2008年9月号、東海教育研究所より加筆)