本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『死に魅入られた人びと ソ連崩壊と自殺者の記録』スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、松本妙子訳

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死に魅入られた人びと―ソ連崩壊と自殺者の記録

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著

松本妙子訳

群像社、2,100円

 1991年、ソ連が崩壊した。共産党一党独裁下の社会主義体制と15の共和国からなる連邦体制は崩れ去った。国民は資本主義という未知の体制下で生きることとなった。

 そして、WHOの調査によると、そのころからロシアの自殺率は急激に上昇しはじめ、1994年ごろにピークとなる。2004年のロシアの自殺率は世界で第2位。人口10万人あたり38.7人の自殺者がいたことになる。そのなかには、国の体制の大きな変化が精神的な負担になっていたケースが少なくない。何せ、今まで社会主義レーニンスターリン崇拝、国家によって個人の人生が定められていたのが消えてしまい、金がものをいう社会にほうりだされたのだから。

 著者、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチは、ソ連時代についてのドキュメンタリーを発表し続けるジャーナリスト。この本は14歳の少年から87歳の老人まで、17人の自殺者もしくは自殺志願者自身、親や友人へのインタビューが収録されている。すでに著者のシナリオによって映画化された。

 人生の全てを共産党に捧げてきた老党員。共産主義が描く皆が豊かで幸せな未来を創るため、ひたすらに戦場で戦い職場で働いてきた、その未来は祖国の崩壊とともになくなってしまった、自分には何も残されていない…。彼は自殺した。そのほか、息子に祖国と戦争のことばかり教えていた母親。息子は自殺した。今は老人となった元兵士は言う。

 「私は共産主義者として死にたい、ソヴィエト人として死にたい。(泣く)われわれの世代が去るのを待ってください、かつて社会主義のもとで、戦争中に生きていた世代が去るのを……。」

 国家と主義に翻弄され、死に魅入られた人びと。小さな叫び。

(掲載:『望星』2006年3月号、東海教育研究所)