本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『〈不在者〉たちのイスラエル 占領文化とパレスチナ』田浪亜央江著

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〈不在者〉たちのイスラエル―占領文化とパレスチナ
田浪亜央江著
インパクト出版会
2,520円

   

 1948年5月、イスラエルは独立を宣言した。ユダヤ人にとって喜びのその日は、パレスチナに住んでいたアラブ人にとってナクバ(大災厄)の日となった。ユダヤ人の軍によって、たくさんのアラブ人が虐殺され土地を追われた。軍はアラブ人の町や村を破壊し、イスラエル政府はアラブ人を「不在者」居ない者として土地や財産を没収、ユダヤ人に与えた。そこにはユダヤ人が住むことになった。
 著者、田浪亜央江は中東地域の若い研究者。シリア留学のあとイスラエルに留学した。そこでユダヤ人とアラブ人の不可思議な「共存」を目の当たりにした。
 多くのユダヤ人は、明るくきさくだ。ポップでキッチュユダヤ人文化。独立記念日にはあちこちに国旗を飾り付け、フォークダンス愛する人々。だがアラブ人への侮蔑の言葉が出ることが多い。アラブ人を抑圧しているという自覚がないのだ。大学にはイスラム教徒のための礼拝所がない。またラマダン(断食月)の間は昼間飲食ができないイスラム教徒への配慮がなく、レストランで飲食するユダヤ人の給仕をラマダン中のアラブ人がする、ということがままある。
 ユダヤ復興と社会主義の象徴だったキブツ(集産主義的共同農場)は実はアラブ人を追い出したあとの土地に作られたところが多い。追い出されたアラブ人はかつて住んでいた土地の近くに村をつくって暮らしているが、電気も水道も不便で学校も整備されてない。アラブ人も若い世代にはユダヤ人の自由な気風に染まる人もいる。著者はルームメイトのアラブ人女性の自堕落さを嘆く。一方でイスラム原理主義への傾倒も増えている。
 著者は若い女性らしい目で、不平等な「共存」を凝視する。著者が親しみを覚えるのは、やはりアラブ人だ。自分の国に居ながら不在者扱いされるアラブ人。その悲喜に寄りそう。
(掲載:『望星』2008年11月号、東海教育研究所)