本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『根をもつこと』シモーヌ・ヴェーユ著、山崎庸一郎訳

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根をもつこと

シモーヌ・ヴェーユ著

山崎庸一郎訳

春秋社

2,625円

 この本『根をもつこと』は『シモーヌ・ヴェーユ著作集』の第5巻を新装版にしたもの。長い間入手が困難だった。

 シモーヌ・ヴェーユはフランスの思想家。日本語では「ヴェイユ」と表記されることの方が多い。究極の理想主義者とも言える。

 1909年生まれ。哲学教師として人生を歩み始める。やがて労働者の苦労を実体験しようと工場で働く。しかし病弱でいつもひどい頭痛に悩まされ、しかも不器用な彼女には長く続かなかった。だが機械の歯車のように働く労働者の姿を見て、後の思想の基となる「根こぎ」を見いだした。

 1936年、スペイン内戦が起こると共和国側の義勇兵として参加。炊事班に配属されるが、煮え立った鍋に足を突っ込んでしまい大やけどを負って戦線を離れた。

 30歳の時、第二次世界大戦が始まりフランスはドイツに占領される。ヴェーユはロンドンに赴き、ド・ゴールを頭とする対独レジスタンス組織、自由フランスに参加。ここでヴェーユはフランスのための国家論『根をもつこと』を書く。しかし自由フランスを離脱。結核を患い、医師に栄養の補充を勧められるが、戦時下のフランスで配給されている食糧以上のものは食べないと拒否。1943年、34歳で死去。

 ヴェーユは理性的な哲学者だが、キリストへの深い信仰と哲学、政治は彼女のなかで一つになる。『根をもつこと』で書かれた「根こぎ」とは、人が人間性と自分の根幹を奪われること。人間としての尊厳を破壊され心のよりどころを失うこと。労働者は人として扱われないような労働で根こぎにされ、失業によって二重に根こぎにされる。戦争で根こぎにされたフランス人。彼らの国への愛は、国家を完全なものとしてあがめるのではなく、郷土を壊れやすい不完全なものとして「憐れむ」ことであるべき、それが国に根づくことになる、と語る。

 ヴェーユは理想を高く掲げたが、その生き方はあまりに不器用だった。組織に属すことを嫌って一人立つ人だった。彼女の清冽な人生と理想は夜空の星のように輝く。

(『望星』2009年5月号、東海教育研究所より加筆修正)