本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『ソングライン』ブルース・チャトウィン著、北田絵里子訳、石川直樹 写真・解説

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ソングライン (series on the move) (series on the move)

ブルース・チャトウィン

北田絵里子訳

石川直樹 写真・解説

英治出版、2,940円

 これは旅の本。観光や計画的な旅行の本ではない。旅する人生についての本だ。

 著者ブルース・チャトウィンはイギリスの作家。有名な美術品オークション会社サザビーズで働いていたが、旅に焦がれ、南米大陸の最南部、パタゴニアへと旅だった。このときの旅行記パタゴニア』が出世作となり旅の作家として一躍名をはせた。

 この本で彼が旅したのはオーストラリア。定住せず移動生活をする民アボリジニを訪ねた。アボリジニの世界では、大地はその地それぞれ「夢」と呼ばれる物語をもっている。その夢は歌となって歌いつがれる。歌は、大地を移動するための道を指し示す。この道が「ソングライン」だ。チャトウィンは新大陸オーストラリアに流れ着いた白人たちに案内され、ソングラインを歌いついでいるアボリジニたちと出会う。

 砂漠を移動しつづける民アボリジニにとって移動は日常から離れた「旅」ではなく、あくまで生活の一部に過ぎない。しかし定住民のヨーロッパ人チャトウィンにとって、旅は異世界への憧れであり、ひとところに居たくない、放浪したい、という衝動だ。本の途中、彼は大昔から人間が持っている旅への思いを、古今東西の格言や偉人の言葉から引き、自分の旅への情熱と重ねあわせている。ブッダの言葉「たゆまず歩みつづけよ」。この言葉のとおりチャトウィンは歩きつづける。そして遙かな人類の過去に思いをはせる。人間の進化は過酷な環境での移動生活から始まったのではないか、と。

 チャトウィンは旅先での病がもとで1989年、48歳でこの世を去った。永遠の旅人と言われている。定住している私たちは、旅に出て異世界に身を浸してみたい思いに駆られる。荒野を歩きたくなる本だ。

 表紙は写真家の石川直樹の写真。巻末に自分とチャトウィンと旅について一文を寄せている。

(掲載:『望星』2009年6月号、東海教育研究所)