『トーヴェ・ヤンソンとガルムの世界―ムーミントロールの誕生』
冨原眞弓著
3,990円
ムーミンはカバではないことは、もう誰しもおわかりだろう。ムーミンはフィンランドの作家で画家のトーヴェ・ヤンソンが、北欧の妖精トロールをヒントに生み出した。ではムーミンはどんな状況で生まれたのか。それはフィンランドの暗い戦争の時代のなかでだった。
トーヴェの母、シグネ・ハンマルステン・ヤンソンはフィンランドの風刺雑誌『ガルム』に風刺画を描いていた。ガルムとは北欧神話での冥府の番犬のこと。1923年の創刊号の表紙はシグネの描いたガルム、ブルドッグのようなギョロ目と大きな牙を剥きだした黒犬が飾った。
当時フィンランドは東のソ連、西のスウェーデン、南のドイツに圧迫され、必死に独立を保っていた。国内でも保守派、共産主義者、フィン人の優位を叫ぶ民族派などがせめぎあっていた。そのなかで『ガルム』は、国内の少数派スウェーデン人に向けてスウェーデン語で発行されていた。どの勢力にもつかず、どの勢力にも独自の視点から噛みついた。
トーヴェにとって母はたのもしいムーミンママだった。画学生だったトーヴェも15歳で『ガルム』に風刺画を描くようになる。
やがて、第二次世界大戦が始まった。フィンランドでは、ソ連の侵攻と戦う「冬戦争」それに続く「継続戦争」の暗い時代がやってきた。トーヴェの風刺画も暗いものとなる。そんななか、トーヴェの絵に奇妙な動物が登場する。はじめはしかめっ面をしていたが、だんだん愛嬌を見せるようになった。これがムーミントロールだ。トーヴェはムーミンを主人公に童話を書き始めた。かくて、今やムーミンは世界の人気者だ。
ムーミン谷の面々、とくにスナフキンとミイに反骨心と皮肉をみるのは『ガルム』がトーヴェに残した牙なのか。ムーミンは戦争の暗闇のなかで夢見る希望として誕生した。
(掲載:『望星』2009年9月号、東海教育研究所)