
『
第七官界彷徨 (河出文庫)
』
尾崎 翠著
河出書房新社
651円
尾崎翠(おさきみどり)は長い間、忘れられた作家だった。1970年代から見直され、全集や選集が発行された。今回、代表作『
第七官界彷徨』が初めて一本立てで文庫化された。
尾崎翠とは誰か。1896年
鳥取県生まれ。上京して『新潮』ほかの文芸誌に小説を発表。まだ無名の
林芙美子らと友人になる。そして昭和初期『アップルパイの午後』『
第七官界彷徨』『地下室アントンの一夜』など代表作を精力的に書く。しかし頭痛に悩まされ鎮痛剤を飲み過ぎるようになった。さらに幻覚を見るようになり、36歳で、兄により故郷へ連れ戻された。翌年『
第七官界彷徨』の単行本が発行。だが東京から引き離された時に翠の作家人生は絶たれた。その後、妹たちの子の面倒を見つつ故郷で人生をおくり、74歳で病没。最後の言葉「このまま死ぬのならむごいものだねえ」。
「悲劇の女性作家」とも言われる
尾崎翠。彼女が描く独特の幻想世界には、女性の愛読者が多い。翠の作品世界のキーワードは「少女」。
萩尾望都や
大島弓子の少女マンガに通じる少女の幻想世界があるという。
『
第七官界彷徨』だが、「第七官」とは人の視覚聴覚などの五感、虫の知らせとも言う第六感、それを超えた第七の感覚のこと。ある少女が人の第七官に響く詩を書こうという思いを秘め、東京にやって来て、兄や従兄の借家に炊事係として住み込む。長兄は分裂心理、次兄はコケの恋愛の研究をしている。従兄は
音楽学校をめざして調子外れのピアノを弾いている。変人ばかり。みな片恋に悩んでいる。そんななかで少女もひとつ恋をする、という物語。
尾崎翠の物語は片恋の話が多い。片恋は少女の特権。翠の小説を読むには字面ばかりを追っていっては迷子になる。現実と幻想が融け合っている世界。哀しい明るさに満ちていてそこにひたるのが心地よい。翠の物語は世代を超えて少女の心の第七官に響く。
(掲載:『望星』2009年10月号、東海教育研究所)