本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『子どもたちに語るヨーロッパ史』ジャック・ル・ゴフ著、前田耕作監訳、川崎万里訳

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子どもたちに語るヨーロッパ史 (ちくま学芸文庫)

ジャック・ル・ゴフ著

前田耕作監訳、川崎万里訳

筑摩書房、1,155円

 ジャック・ル・ゴフはフランスの歴史の大家。社会学、経済学、人類学などの考えを取り入れ時代の民衆の心にせまる歴史研究をめざすアナール派の中核となって、西欧の中世史を研究してきた。著書に『煉獄の誕生』など多数。アナール派の歴史研究は日本の歴史学にも大きな影響を与えた。

 ル・ゴフは80歳を越えて、ヨーロッパ全史を子どもたちにわかりやすく語る、という試みにでた。それがこの本だ。

 ヨーロッパ。その名は、ギリシャ神話で大神ゼウスにさらわれたアジアの王女エウロパに由来する。ユーラシア大陸の西端に位置するヨーロッパ。端から端に旅するにも人の足でさほど日数がかからないほど狭い地域だ。古くから街道がつくられ、河や海の交通ルートも発達し、多くの人々が行き来してきた。古代、地中海世界でのギリシャ人の繁栄。そしてローマ帝国の領土拡大によってヨーロッパ各地にローマ人が植民。ヨーロッパには広くケルト人が住んでいた。やがてゲルマン人が、スラブ人、アジア系諸民族が、ノルマン人が移動してきて、中世のヨーロッパ各国を形づくった。

 人間の交錯は発展の源泉、と著者は言う。混血するのが人間社会のさだめなのだから、民族的純血などという主張は不毛であり、本来存在しないものなのだ。混血から生じた民族は文明や制度の面から見てより豊かでたくさんのものを生み出す。たとえばフランスはケルト人、ローマ人、ゲルマン人の交雑によって形づくられた。

 中世は通説では5世紀から15世紀まで、ル・ゴフの説では18世紀まで続く長い時代だった。キリスト教と教会の成立、それぞれの民族の言語の文字化。そして国王と臣下による近代国家の時代へ。そのなかで民主主義が誕生した。

 ヨーロッパは豊かな文化や技術を育んだ、と同時にたくさんの愚行を犯した。十字軍、世界の他の地域の植民地化、何度も起こったユダヤ人の迫害、虐殺。二つの世界大戦、ヒトラースターリンの独裁。そして現在ヨーロッパは民主共同体としてEUを形成している。

 ヨーロッパは統一されるのだろうか。ル・ゴフは多様なヨーロッパを認めながらヨーロッパ統一への希望をEUに託す。

 ル・ゴフは、未来を準備するためには過去を知り、ヨーロッパのよき伝統を発展させ、過ちと罪を繰り返さないようにしなければならない、歴史は担うべき重荷でも、暴力を正当化する危険な助言者でもない、歴史は時代に真理をもたらし、進歩に役立つものであるべきだ、と説く。歴史学界の重鎮の言葉が重い。

(掲載:『望星』2009年12月号、東海教育研究所より改変)