『ラウィーニア』アーシュラ・K・ル=グウィン著、谷垣暁美訳
『ラウィーニア』
アーシュラ・K・ル=グウィン著
谷垣暁美訳
河出書房新社、2,310円
ローマ以前の遠い過去のイタリア。ラティウムの王女ラウィーニアは一族の聖地で、はるか未来の詩人ウェルギリウスの幻影と出会う。ウェルギリウスは告げる。遠いトロイアの王子、トロイア戦争の英雄アエネーアスがここに安住の地を求めてやってくる。あなたはアエネーアスと婚約する。あなたがたの婚約をめぐってあなたの求婚者たちと彼はこの地に血みどろの戦争を繰り広げる。だがアエネーアスは勝利し、あなたは彼の妃となる。あなたがたはここに第二のトロイアを築き、子孫の都は栄華を極めるだろう。その都の名は「ローマ」…。
この『ラウィーニア』のもととなったのは、古代ローマの詩人ウェルギリウスが皇帝アウグストゥス(カエサルの後継者オクタウィアヌス)の一族の血統を讃えてささげた叙事詩「アエネーイス」。物語はだいたい前半と後半に分かれ、前半部分はアエネーアスのトロイアからの敗走、流転が描かれる。『ラウィーニア』は「アエネーイス」の後半部分からル=グウィンが想像をふくらませてつくった物語。
「アエネーイス」でラウィーニアはイタリアの王の娘としか出てこず、チョイ役に過ぎない。それをル=グウィンは一人の女性の成長物語にした。思慮深く自分をしっかりと持った勇気ある女性。「アエネーイス」はアエネーアスの勝利で終わっているが、『ラウィーニア』でル=グウィンは、そのあとのラウィーニアの結婚生活、子どもへの愛、一族との確執を乗り越えていく姿を描く。
ローマ時代の詩人ウェルギリウスと彼の想像の産物にすぎない古代イタリアの女性ラウィーニアとの対峙。作者を作中人物が幻影として見る、それを現代アメリカの作家ル=グウィンが書くという入れ子構造。さすがル=グウィン。