本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『書肆ユリイカの本』田中 栞著

31sgsyjosl_sl500_aa240_書肆ユリイカの本』 田中 栞著 青土社 2,520円  西洋には本の装丁を凝って美しく作る伝統がある。日本の出版社、書肆ユリイカの作った本は、装丁の美しさで一世を風靡した。編集者、伊達得夫が興した1947年から彼が没した1961年までのわずか14年の間に、数々の珠玉の本を発行した。  製本教室や豆本製本教室を開いている書物研究家、そして古本屋の奥さんでもある著者、田中栞はこの十年余り、装丁の美しさに魅せられ、書肆ユリイカの本を探し続けた。この本は著者渾身の「書肆ユリイカ戦記」。  伊達得夫は1947年前田出版社の編集者として夭折の天才詩人、原口統三の『二十歳のエチュード』の発行を手がけた。この本は大ヒットとなった。同じ年、伊達は前田出版社を退職し、書肆ユリイカを設立。『二十歳のエチュード』を表紙、組版を変えて翌年発行した。これがかなり売れて順調に出版社として滑り出した。以降、稲垣足穂の『ヰタ・マキニカリス』のほか岸田衿子大岡信など戦後詩人の詩集を出版した。どれもフランスの本のような装丁の美しさと斬新さで目を惹く。伊達は美的センスも格段だったのだ。白い布クロスに銀色の箔押しでタイトル。赤い紙装枡形本の中央に1文字だけの墨文字タイトル。色と材質と文字の配置が計算しつくされている。  さて著者は書肆ユリイカの本を研究するにあたって、国立国会図書館神奈川近代文学館などに足繁く通って閲覧した。同じタイトルの本でも何度も発行しているものは装丁が変わるので、書誌学上は別の本となる。著者はそうした細部を見逃さないように探す。さらに自分でも膨大な書肆ユリイカの古本を購入した。書肆ユリイカの古本は市場に出回ることがあまりない。出ても途方もない値段だ。貴重な古本が市場に出たとき、著者は思わず娘の大学入学準備金に手をつけそうになったそうだ。愛書には限りがない。  戦後の物資不足の時代、書肆ユリイカはよくぞ個性的な本を作ってくれた。この本にはそれを追いかけた著者の装丁への愛があふれている。 (掲載:『望星』2010年1月号、東海教育研究所)