本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『王のパティシエ ストレールが語るお菓子の歴史』ピエール・リエナール/フランソワ・デュトワ/クレール・オーゲル 著、大森由紀子 監修、塩谷祐人 訳

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王のパティシエ ストレールが語るお菓子の歴史
ピエール・リエナール/フランソワ・デュトワ/クレール・オーゲル 著
大森由紀子 監修、塩谷祐人 訳

白水社 2,310円

 美食家というのは、おいしいものを食べて育った人が多いような気がする。この本の語り手でフランスのパティシエ、ニコラ・ストレールもそのひとりだ。彼は18世紀に始まるパリの老舗菓子店ストレールの創業者。この本は、現在のストレールのスタッフがニコラを語り手に西洋菓子の歴史とレシピを当時のフランス革命前夜の世相を背景に描いたもの。

 ニコラのパティシエとしてのキャリアは、フランスのアルザス地方の城に住んでいた元ポーランド王スタニスラス・レシチニスキに仕えたことから始まった。レシチニスキはたいそうな美食家で、彼にかわいがられてニコラは料理の舌と腕を成長させた。後にレシチニスキの娘マリーがフランス王ルイ十五世の王妃になると、ニコラは王妃に引き抜かれてヴェルサイユ宮殿のパティシエとなった。そののち、独立してパリに菓子店ストレールを開いた。王のパティシエだったニコラの店には客が押し寄せた。

 時がたち、ニコラは82歳。彼は幼い曾孫のために菓子の歴史とレシピを日記の形でつづることにした。日記は1788年に始まる。フランス革命の直前。経済破綻が国を揺るがし、気候不順で穀物は不作。国民の間に王家と国政への不満が広がっていた。小麦不足はニコラの店にもひびいた。レシピのなかに本来なら小麦粉を使うものをジャガイモで代用しているものがある。それでもニコラは王ルイ十六世と王妃マリー・アントワネットを敬愛していた。王妃の誕生日のレシピは「王妃のビスキュイ」だ。日記は1789年5月5日、三部会の開会の日で終わる。その約2カ月後にバスティーユ襲撃が起こりフランス革命が始まった。

 店の創業者についてスタッフが書いたにしてはただの創業者伝とは段違いにセンスがいい。歴史の本としても菓子の本としてもおもしろい。
(掲載:『望星』2011年6月号、東海教育研究所)