本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『越境する書物 変容する読書環境のなかで』 和田 敦彦 著

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越境する書物 変容する読書環境のなかで
和田 敦彦 著
新曜社 4,515円

  そこに本がある、というのはどういうことだろうか。その本はいつ、誰によって、どうやってもたらされたのか。本がある、ということは、購入する理由があり、資金の流れがあり、書物を運ぶルートがあり、手に入れた書物を整理し、使うノウハウがある、ということなのだ。

  この読書の環境を探るのがこの本の著者、和田敦彦氏がとりくんでいる研究、リテラシー史だ。和田氏はこの本の前書『書物の日米関係』で、太平洋戦争の前から後にかけてアメリカでは政府が情報戦略のための日本研究を主導し、たくさんの大学や研究機関で日本語図書を購入して研究者を育て、加えて日本語資料を整理する専門の司書を育て、のちの日本語図書文庫の充実と日本研究資料のデータベースの基礎を作ったことを書いた。今回の『越境する書物』では、同じく戦前から戦後の日米の図書の移動や輸出入も扱うが、よりリテラシー史につっこんで図書収集に携わった人々を取りあげる。

  戦前、ニューヨークに日本文化研究の拠点を作ろうと図書の収集に奔走した角田柳作コロンビア大学に日本文化研究所を設立した。教え子にドナルド・キーンがいる。また戦後、日本に進出して和書の輸出、洋書の輸出入を手がけた書籍商、チャールズ・E・タトル。アメリカの大学の大規模な日本語図書収集を支えた。翻訳権販売も扱い、日本語書籍の英訳と海外書籍の日本語訳も手がけた。

  ほか、さまざまな図書の媒介者たちが人と書物のネットワークを作り日本語図書の読者と日本研究を育てた。

  近代の読書には読者の形成、図書の獲得、図書データの管理、図書の作成が必要で、その輪のなかで見えない媒介者たちが働いている。これを探求するリテラシー史では、さらに図書のデジタル化とデジタルネットワークにも目を向ける。図書とは流動する媒体なのだ。

(掲載:『望星』2012年3月号、東海教育研究所を訂正)