本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『東アジアの記憶の場』板垣 竜太 / 鄭 智泳 / 岩崎 稔 編著

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『東アジアの記憶の場
板垣 竜太 / 鄭 智泳 / 岩崎 稔 編著
河出書房新社
4,410円

 東アジアの国々、日本、韓国、北朝鮮、中国、台湾は古代から現在まで互いに影響しあい、交戦し、文化を交流してきた。この本では、国の歴史で扱えない東アジアで共有する文化、英雄的人物などの記憶を探求することを試みられた。1950年代から70年代に生まれた日本と韓国の若い歴史研究者や文学研究者たちが自由に思考している。

 日本、韓国、北朝鮮の共通した英雄で有名なのはプロレスラー力道山だ。日本の植民地時代に現在の北朝鮮領で生まれ日本で力士になったが、戦後プロレスに転向しアメリカ人プロレスラーをやっつける日本の国民的英雄となる。だが彼が朝鮮人であることは日本では隠され続けた。一方、韓国では自国が生んだ世界的プロレスラーとして英雄となった。北朝鮮でも烈士ともてはやされた。

 また詩人、尹東柱も日本、韓国、中国で愛されている。満州国に移住したキリスト教徒の朝鮮人家族に生まれ育った彼は、日本へ留学し同志社大学で学んだ。だが、朝鮮独立を企てたとして刑務所に収監され、29歳で獄死した。韓国では「民族詩人」「抵抗詩人」と英雄視され、ソウルに記念碑が建てられた。一方、彼の叙情的な美しい詩は日本でも愛され、同志社大学京都造形大学に記念碑が建てられた。そして彼の生まれた中国朝鮮族自治州でも郷土が生んだ偉人として記念碑が建てられた。だが、日本も今の韓国も中国も彼の故郷ではない。彼に安住の地はなかった。

 その他、日本の国民教育のために行われた学校の運動会が、植民地だった韓国、台湾でも日本と同じように地域の楽しい祭りとなったことが取り上げられている。

 同じ人間や文化でも、東アジア各国で記憶は重なり合ったりずれたりしている。自分と同じでない他者を認めなければ東アジアに未来はない。

(掲載:『望星』2011年8月号、東海教育研究所)