本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『書店の棚 本の気配』 佐野 衛

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書店の棚 本の気配
佐野 衛
亜紀書房   1,680円

 書店に入る。目にとまった本を開いて、数行読む。頭のなかに文章が描写する風景、人物、理論が起ちあがる。本から目を離して、棚の、その本のあったあたりを見渡す。たくさんの本のタイトルが頭のなかでつながり、世界をつくりだす。著者は書く。「書店は自分が空間的な広がりを獲得してようなもので、その内容は古今東西に渡っているのだから、時間的にも共感できる場に居合わせていることになる。つまり書店は共時的空間と通時的空間が交差している場なのである。」

 この本の著者、佐野衛氏は東京の神田古書店街にある東京堂書店の店長を長らく務めた、本の世界の大ベテランだ。東京堂書店は本好きな人々のなかで、一番好きな書店にあげられるほどの書店。この本は佐野氏の本と書店への思いと、退職までの何年かの東京堂書店の日々を書いた、本のエッセイである。

 佐野氏は本の声を聴き、本と本のつながりをつくって棚にならべていく。これが書店で「棚をつくる」ということだ。書店はなにかおもしろい本を探そうというのにはとても便利だが、目当てのただ一冊の本だけを探すのには向いていない。最近の大きな書店には店内の本の所在がわかる検索用コンピュータが置いてあるところが多いが、本の位置が少しずれてしまうともうわからなくなる。そのかわり、ある本を見つけると、それに関連するテーマの本がそばに並んでいるのでつぎつぎと欲しくなる。これが書店の棚のつくりで、人の思考に合わせた本のならびになっている。本を分類順にきっちりならべてしまう図書館の棚とは違う。

 書店の棚に立ち、本の気配を感じ取る。本が語りかけてくる言葉を聴く。本と本のつながりを知る。どれだけ本と過ごせばそんなことができるのだろうか。佐野氏の、本という人間の営みへの愛がよくわかる。

(掲載:『望星』2013年1月号、東海教育研究所)