本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『本の未来』 富田倫生 著

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本の未来
富田倫生 著
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 電子書籍が華々しく宣伝されているが、肝心の書籍の中身、紙の本から文章をパソコンや電子書籍リーダーに読み込めるようにしたテキストデータがまだ少ない。  
 青空文庫著作権が切れたり著者の許諾を得た本をテキストデータ化し、無料でインターネットに公開しつづけている。この本の著者、富田倫生氏はその創立メンバーのひとりだった。今年八月に逝去。電子出版社ボイジャーは富田氏の死を悼んで、青空文庫にあったこの本を、電子書籍用アプリケーションを使わずにインターネットが使えれば読むことができるシステムBinBで無料配信している。
 
 この本『本の未来』は1997年にアスキー出版局から紙の本として発行されたが品切再版未定、つまり、売れなかったのでもう出版しませんよ、と絶版扱いになっていた。こういって消えていく本はたくさんある。富田氏は売れない本が消えていく出版業界の実状に疑問を持っていた。大量に生産し大量に消費されないと成り立たない市場。もっと人々の声を自由に気軽に発表することはできないだろうか。昔のガリ版印刷のように。富田氏が見いだしたのが電子書籍だった。パソコンが一般化し始めた頃だった。

 富田氏の言葉。
 「人々の考えや思いや表現は、電子の流れに乗って一瞬に地球を駆けめぐる。そうなってなお、考えをおさめる器が紙の冊子であり続けるとは、私には思えない。
 本はきっと、新しい姿を見つけるに違いない。

 そんな本の新しい姿を、私は夢見たいと思う。

 たとえば私が胸に描くのは、青空の本だ。
 高く澄んだ空に虹色の熱気球で舞い上がった魂が、雲のチョークで大きく書き記す。
 「私はここにいます」
 控えめにそうささやく声が耳に届いたら、その場でただ見上げればよい。
 本はいつも空にいて、誰かが読み始めるのを待っている。

 青空の本は時に、山や谷を越えて、高くこだまを響かせる。
 読む人の問い掛けが手に余るとき、未来の本は仲間たちの力を借りる。
 たずねる声が大空を翔ると、彼方から答える声が渡ってくる。
 新しい本の新しい頁が開かれ、問い掛けと答えのハーモニーが空を覆う。

 夢見ることが許されるなら、あなたは胸に、どんな新しい本を開くだろう。
 歌う本だろうか。
 語る本だろうか。
 動き出す絵本、読む者を劇中に誘う物語。
 それとも、あなた一人のために書かれた本だろうか。
 思い描けるなら、夢はきっと未来の本に変わる。」

 紙の本から電子書籍へ転生したこの本は、紙の本で育った私には正直読みにくい。だが生まれたときからインターネットがあった世代は難なく読むかもしれない。本は写本から木版や活版、電算写植へと転生してきた。新しい転生によって本は市場から自由になれるだろうか。
(掲載:『望星』2013年12月号、東海教育研究所に加筆)