本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『アイルランドモノ語り』栩木 伸明 著

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アイルランドモノ語り

栩木伸明 著

みすず書房

3,780円

 アイルランドと言えば、アメリカのケネディ家の父祖の地。少しむかしではジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン主演の映画『静かなる男』で田舎のお人好しな人々があたたかく描かれ、現在では民族舞踊を取り入れた華麗なダンスショー「リバーダンス」が人気を集めている。で、アイルランド本国はというと残念なからそれほど知られていない。

 著者のアイルランド文学研究者、栩木伸明氏は1年間アイルランドの首都ダブリンに住み、なじみの街から田舎まで巡り歩いた。そしてその先で見つけたいろいろな「モノ」の物語を探ろうとする。

 アイルランドは緑に恵まれているが土壌は貧しい。異民族からの侵略に絶えず脅かされ17世紀からイギリスの植民地にされた。1845年に主食だったジャガイモの疫病で大飢饉となりケネディ家の先祖をはじめ多くの人々がアメリカなど海外に移住した。だが激しい独立運動を経て1921年北アイルランド六州を除いて自治領に、1937年アイルランド共和国として独立した。しかし北アイルランド問題は解決したわけではない。

 アイルランドには至るところに歌と物語がある。その内に歴史と人々の心がある。古代の英雄から独立運動の闘士の勲、ふつうの人の恋や醜聞。著者が見つけたポプリ入れにはシャムロック(クローバー)が彫り込まれていた。聖パトリックが、小さなシャムロックよ、と呼びかけたと歌にあるが、実はシャムロックは支配者イギリスに抵抗する者の象徴なのだ。ダブリンの一角で著者が見つけた銘板には、反アパルトヘイトのためにスーパーで南アフリカ産物の販売を拒否し続けた女性店員へ南アフリカ大統領からの感謝の言葉が刻まれていた。この女性を讃え経営者を揶揄する歌も歌い継がれている。

 アイルランドでは今でもほめ歌や呪い歌が社会に影響を及ぼしている。言霊を信じる人々の国なのだ。

祝 第65回読売文学賞 随筆・紀行賞受賞。

(掲載:『望星』2013年9月号)