本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『話してあげて、戦や王さま、象の話を』マティアス・エナール 著、関口 涼子 訳

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話してあげて、戦や王さま、象の話を

マティアス・エナール 著

関口 涼子 訳

河出書房新社

1,944円

 イタリアのシスティーナ礼拝堂の天井画のなかに描かれた「アダムの創造」。神がアダムに命を吹き込む瞬間、神とアダムが互いに手を伸ばし指先を触れ合わそうとする瞬間を描いた絵。イタリア・ルネサンスの巨匠、画家で彫刻家、建築家ミケランジェロの作品。この本は、彼の若き日に「あったかもしれない」異国の人々との触れ合いを描いている。

 1506年、ミケランジェロローマ教皇の冷遇に腹を立て、教皇の敵であるトルコ皇帝の招きを受けトルコの都コンスタンティノープルへ赴いた。皇帝はミケランジェロに、コンスタンティノープルの金角湾にかかる橋の設計を依頼してきたのだ。彼は、自分と並び称される天才ダ・ヴィンチが同じくこの依頼を受けたが設計案を却下された、と聞く。それで、あのうすのろの成し得なかったことを成功させてやろう、と思ったのだ。先代のトルコ皇帝に征服されたばかりの都は西欧人トルコ人ほかスペインから追い出されたアラブ人など、イスラム教徒とキリスト教徒を問わず、さまざまな民族が行き交い共に暮らす大都市だった。異国の人々、異国の動物、ラクダ、象などに興味津々のミケランジェロ

 ミケランジェロは皇帝の廷臣の秘書メシヒと知り合う。彼は優れた詩人でもあった。片言の言葉で語り合ううち、ミケランジェロはメシヒに深い友情をおぼえる。一方、メシヒはこの高慢な天才にすっかり魅了される。だが、ミケランジェロのトルコ行きはローマ教皇の知るところとなった。一刻も早く帰らないとキリスト教世界から破門されてしまう…。

 時代の政治に翻弄されるミケランジェロとメシヒの交流。神とアダムのように手をのばし触れ合うことができるのか。もろい心の橋の物語。フランスで、2010年度「高校生が選ぶゴンクール賞」受賞。

(掲載:『望星』2013年6月号、東海教育研究所)