本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『図書室の魔法』上・下, ジョー・ウォルトン 著 / 茂木 健 訳

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図書室の魔法』上・下
ジョー・ウォルトン 著 / 茂木 健 訳
東京創元社(創元SF文庫)
上下巻  各929円

 

 物語は人を自由にする。物語を読むことは自由になること。耐えられない現実の中でも本を読んでいる間は自由なのだ。

 この本の舞台は1979年のイギリス。語り手モリはウェールズ地方で生まれ育った15歳の少女。闇に落ちた魔女である母親が起こした交通事故で最愛の双子の妹を失い、自分も歩くのに杖が必要な体となった。モリは母親から逃れ、顔も知らない父親とその姉である3人の伯母に引き取られる。父親を支配する伯母たちはモリをイングランドの名門女子寄宿学校に転入させてしまう。イングランドの上流階級の生徒たちのなかでウェールズの労働階級で育ったモリは異端者。父親の車のブランドばかりを気にする生徒たちと規則に縛られた学校で、モリが信じられるのはフェアリーと魔法そして本、特にSF。

 モリはフェアリーの力を借りて魔法を使い、母の魔の手から身を守る。心は幼いころに読んだ『指輪物語』と共にある。読書は絶望と孤独のなかで自己を手放さないための彼女のサバイバル手段。本から得た知恵と想像力は生きるための魔法。モリは学校図書室と公立図書館の本に没入し、ハインラインル・グィンティプトリーなどSFファンには懐かしい小説や、さらにプラトンマルクスも読破してしまう。そして公立図書館でのSF読書クラブで心から結ばれる仲間と出会い、自分の生きる世界を見いだす。

 この本はあくまでモリの眼から見た物語なので、魔法やフェアリーなどは少女の夢想にすぎないかもしれない。だがモリの故郷ウェールズアーサー王伝説の故郷であり、古くから妖精や魔法が語り継がれている。また少女が成長するとき、それを阻む母親がいれば恐ろしい魔女に見えることもあるだろう。

 モリは成長してひとりの人間となるために本を読みつづける。母への恐怖や妹の死の悲しみを乗り越える力を本から得る。この本は大人になった「本の虫」たちへのメッセージでもある。

 ヒューゴー賞ネビュラ賞、英国幻想文学大賞受賞作。

(掲載:『望星』2014年11月号、東海教育研究所に加筆訂正)