本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『鹿の王 (上)生き残った者/(下)還っていく者』 上橋 菜穂子 著

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鹿の王 上  生き残った者鹿の王 下  還っていく者
上橋 菜穂子 著
ADOKAWA
上下 各1,728円

 『精霊の守り人』に始まる『守り人』シリーズ、『獣の奏者』など、児童書の枠に収まりきらないハイ・ファンタジーを書き、優れた子どもの本の作家に贈られる国際アンデルセン賞を2014年に受賞した作家で文化人類学者、上橋菜穂子氏の最新作。

 東の帝国東乎瑠(ツオル)に併呑された山と森と草原の遊牧民の国アカファ。その敗軍の将ヴァンは捕らえられ奴隷となった。ヴァンは40歳。「飛鹿(ピュイカ)」という鹿を駆る氏族で生まれ育ったが、流行り病で妻子を亡くし死を望み、同様に死に場所を探す男たちの戦士団「独角」を率い、勝てない戦でできるだけ有利な立場で負け、氏族を存続させるために戦っていた。戦士団は全滅。アカファは限られた自治を保つことができた。東乎瑠は自国の辺境民をアカファの遊牧民の土地へ移住させた。アカファは先住の飛鹿の民やトナカイの民、「火馬」という駿馬を駆る民と、麦を育て牛や羊を飼う東乎瑠の民が混在して暮らす地となっていった。

 岩塩鉱で奴隷として過酷な日々をおくっていたヴァン。ある夜、一群の犬たちが岩塩鉱に襲来。人間たちすべてを牙で傷つけていった。死ぬほどでなかった傷だったが数日後、皆、高熱にたおれて死んだ。生き残ったのはヴァンと名の知れぬ幼子だけ。ヴァンは幼子を背負い逃亡する。病を運ぶ犬たちは、東乎瑠とアカファの王族にまで襲いかかった。アカファの古い医家出身の医師ホッサルは、200年以上前にこの地にあった国を滅ぼした病と同じではないかと疑う…。

 これは「守る者」たちの物語。子どもだけに向けられた物語ではない。戦と疫病に恐怖する世界で、ヴァンはかつて愛する者たちを守れなかった痛みを抱え幼子を守って戦う。燎原の火のように広がる疫病から人々を守るために戦う医師ホッサルほか、王侯も民草も家族や大切なものを守っている。ヴァンの姿は、藤沢周平の小説の主人公、寡黙だが腕が立つ武士を思わせる。父親である大人の男性にも読んでもらいたい。

祝 2015年本屋大賞受賞。

(掲載:『望星』2014年12月号、東海教育研究所に加筆)