本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『海の本屋のはなし 海文堂書店の記憶と記録』平野義昌 著

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海の本屋のはなし 海文堂書店の記憶と記録
平野義昌 著
苦楽堂
 2,052円

 2013年9月30日、神戸市にある老舗書店、海文堂書店が閉店した。99年間、地元で信頼され愛された。地元の同人誌や古書店も応援していた。全国にも海事専門書が豊富にあることで知られていた。人々が集まる大きな樹のような本屋さんだったのだ。閉店までの数日、別れを惜しむたくさんの人が押し寄せた。

 著者は他の書店を経て2003年に海文堂に入社、閉店まで人文社会の本の担当として働いた。海文堂の歴史をつくった社長や店長たち、いっしょに働いた仲間たち、通ってくれたお客さんたちを語る。だが「愛された本屋さんのいい話」で終わらずに、海文堂への強い愛着とその閉店への深い嘆きを吐露している。

 海事専門書の出版社と販売店としてスタートした海文堂。書店社長が島田誠氏の代には児童書ほか一般書の拡充、美術ギャラリーの併設、書店PR誌や郷土誌の発行、地元文学同人誌関係の本など、神戸の文化発信の場として活動を広げていった。1995年1月17日の阪神淡路大震災でも幸い店舗の被害が小さかったため、25日には再オープンし被災者の心を支えた。しかし震災が古くからつづく神戸の街のにぎわいに与えた打撃は、海文堂をも長く蝕んだ。

 店員は書店の本を熟知しており本を探すお客さんをすぐに案内できた。また出版取次の販売情報に頼らず、それぞれの分野の本の担当が工夫して独自の棚づくりに努めた。長年の顧客も多く、小さいころから通った人も、よその書店で見かけた本を海文堂で購入する人もいた。

 なので閉店を知ったお客さんの悲しみは大きかった。

「これからどこで買え、言うねん!」

 著者をはじめ店員はもっと深い悲しみと嘆きに沈んだ。

 大きな樹が倒れると根が枯れて地盤が弱くなる。街から本屋さんがなくなることも同じ。街の本屋が閉店すると人々は近所で本に出会う場がなくなりつつあることにはじめて気づくのだ。

掲載:『望星』2015年11月号(東海教育研究所)に加筆