本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『凍える墓』ハンナ・ケント 著 / 加藤陽子 訳

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凍える墓
ハンナ・ケント 著
加藤陽子
集英社集英社文庫
1,015円

 「幸福な国」と知られているアイスランド。男女平等指数は世界第1位だ。

 この本は1830年アイスランドで最後に死刑となったひとり、アグネス・マグノスドウティルという女性の記録を、オーストラリアの作家ハンナ・ケントが丹念にたどり、物語にしたものだ。

 デンマークの統治下のアイスランド北西部。地味に乏しい土地で人々は牧畜を営んでいる。背の低い灌木しか生えていない地では木材は贅沢品なので、家は芝土で作られている。壁は崩れ落ちやすく人々は土ぼこりで肺を蝕む。燃料は家畜の糞。貧しい人々が農場を渡り歩いて使用人をしていた時代。

 短い夏が始まる6月、行政官ヨウンの農場に死刑囚アグネスが運ばれてきた。北にある農場の使用人だったアグネスは、もうひとりの使用人の少女と近所の少年とで共謀し農場主ナタンとその友人を惨殺したという。県の行政長官はヨウンに、刑務所がないので刑の執行まで彼女の身柄を管理するよう命じたのだ。殺人犯を家に置くことに怖気をなすヨウンの妻マルグレット。

一方、若い牧師補トウティは行政長官から、アグネスが自分の教誨師にトウティを名指ししたので刑の執行までに彼女を悔い改めさせるように、と要請される。アグネスに会った覚えのないトウティは、未熟な自分が殺人犯に何かできるのか、と不安をつのらせる。

 アグネスは絶望のなか半生を振り返っていた。そしてマルグレットとトウティに自分のことを少しずつ語り始める。マルグレットとトウティはアグネスの打ち明け話を聞くうちに、心を寄せていく。

 庶子として生まれ、幼いころからあちこちの農場で働いてきたアグネス。当時の女性の幸せは農場主と結婚し農場の女主人になることだけ。医術にたけ外国へ行ったこともあるという謎めいた男ナタンに惹かれ、幸せを夢見た。

 小さく閉じた世界で、もがき、切り裂かれた女性。誰かの妻でなければ魔女とされた時代だった。だが今は違う、とは言い切れまい。

(掲載:『望星』2015年6月号、東海教育研究所に加筆、訂正)