本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『さよなら未来 エディターズ・クロニクル2010ー2017』若林 恵 著

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さよなら未来 エディターズ・クロニクル2010ー2017
若林 恵 著
岩波書店


 21世紀になって、20世紀に構想されていた技術はある程度実現した。今は20世紀に考えられていた未来の域をまだ出ていない。そろそろ未来という言葉が陳腐に聞こえてきた。

 雑誌「WIRED」は1993年アメリカで発刊された。社会や文化をテクノロジーの視点から見せ「ありうべき未来像」を探ることを目的にしている。「WIRED」日本版の編集長として、この本の著者、若林恵氏は2012年から活躍してきた。しかし2017年末、「WIRED」日本版のプリント版終了とともに辞めてしまった。

 この本には若林氏が2010年から2017年までに書いた短い文章を集めてある。若林氏は、20世紀から考えられてきた未来にひとくぎりついた、と言う。巨大資本が科学とテクノロジーでもって構築した「イノベーション(経済発展を促す技術革新と組織改革)」に、人間を資材といっしょくたに人材としてつぎ込み、社会も人も置き去りに、だれが望んだのかわからない未来を創ってしまう時代。人間を超えるAIの登場におびえる時代。そんな時代を生きるための未来の予測地図が求められている。

 今までの未来に若林氏はうんざりしてしまったようだ。企業や行政の言う未来は「自分たちの見たい未来」のことじゃないか。若林氏にとって「イノベーション」とは「道なき道を切り拓くこと」。貧しい人々のために泥水を濾過して飲むことができるストローを作ることだって「イノベーション」だ。未来の予測はいらない。いつも未来に驚かされていたい。だれも知らない未来に自分の知識と知恵をコンパスに希望をもって進もう。

 現在の延長の未来には希望があるとは思えない。新しい道を切り開かなければ希望はないのだ。

『望星』2018年7月号(東海教育研究所)掲載に加筆、訂正