本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『宿借りの星』酉島 伝法 著

宿借りの星
酉島 伝法 著
東京創元社

 SF小説の楽しさは、舞台はどんな世界で、主人公はどんな存在か、読み進むごとにわかってくることだ。むろん、主人公は人間でなくてもいい。

 「頭の奥まで霞んでいるようだった。」と言う、ひとり語りから物語は始まる。生き物らしきものが移動していく描写。だが幻らしい。今、語り手は砂漠にひとりでいる。語り手は人類ではなく4本の脚、2本の腕、4つの眼をもつ外骨格生物のようだ。

 その語り手で物語の主人公は、異星の生物マガンダラ。御惑惺様(みほしさま)と呼ばれているこの星では、御侃彌様(おんかみさま)という巨大な長が、たくさんの種蘇俱(しゅぞく)を従える俱土(くに)がいくつかある。マガンダラは大柄で強い種蘇俱ズァンググ蘇俱(ぞく)。マガンダラは、オラツラワ様を御侃彌様といただくの俱土に生まれ育ち、いっぱしの組頭になった。だが、本人にもわからないまま親分方から不興を買うようになった。そして決闘で義兄弟を死なせるはめになり、追放され無宿者となった。それで砂漠をさまよっていたのだ。なぜこんなことになったのか。皆が変わってしまったのだろうか。

 マガンダラは旅の途中で、4本の腕と2本の脚をもつ小さく弱いラホイ蘇俱のマナーゾと友情を結び、義兄弟の盃を交わす。かくて物語は無宿者と義兄弟の股旅物となる。ふたりはマガンダラの知己の親分を頼ろうと、他の御侃彌様が治めるよその俱土に入り込んだ。そこで再会した親分はふたりにとんでもないことを話す。昔、種蘇俱たちが殲滅した卑徒(ひと)つまり地球人類が復興を企み、密かにさまざまな俱土を侵略しているというのだ。

 一方、御惑惺様にひとつだけある海の底。聖なる領域として種蘇俱は近づかない。そこで、かつての地球人類は記憶だけをおぼろに保って全く違う生物に変容していた。無数の人類のなれの果ては、さまざまな生物に寄生しながら、星の奪還のために地上をめざす……。

 異形の生物たちの人間くさい任侠物語が意外とわかりやすい造語で語られていく。だが、あまりに多様な生物を住まわせる御惑惺様とは何なのだろう。読むほどに謎が深まる。人間社会が嫌になった人にお勧めかも。

 掲載:『望星」2019年8月号(東海教育研究所)に加筆訂正。