本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『戦禍のアフガニスタンを犬と歩く』ローリー・スチュワート 著、高月 園子 訳

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戦禍のアフガニスタンを犬と歩く

ローリー・スチュワート著

高月園子訳

白水社

2,940円

 「なぜアフガニスタンを歩いて横断したのかと訊かれても、あまりうまく説明できない。たぶん、それが冒険だから、というのが理由だろう。」とこの本の著者スコットランド人ローリー・スチュワートは書く。当時30歳。元軍人で外交官だった。フォトジャーナリスト長倉洋海氏が、1983年アフガニスタンへのソ連の侵攻のさなか、ムジャヒディンの若きリーダー、マスードへ飛び込み同行取材を申し込んだのと同じ年頃だ。だが、そのころの長倉氏の熱い情熱に比べると淡々としている

 著者のは計画は最初、イランからネパールまで、西から東へと一人で踏破する予定だったが、タリバン政権下のアフガニスタンには入国ができなかった。しかしアメリカとイギリス他の有志連合の攻撃によるタリバン政権崩壊を聞いて、アフガニスタンへの一人旅を決意。2002年に出発。北西部のヘラートから北東部の首都カブールまで横断した。

 アフガニスタンは30年以上前から今も戦時下にある。どの村にも中世の礼儀作法と新しい政治イデオロギーが混在していた。パシュトーン人、タジク人、ハザラ人などたくさんの民族が住む国。そのなかでスチュワートは侵略者の国の者だ。充分な金も持っている。だが、一度も殺されかけたり誘拐されかかったりしたことはなかったという。脅されたりたかられたりされることはあっても多くの貧しい家庭でもてなされた。

 著者は、16世紀にアフガニスタンからインドに侵攻しムガール帝国を築いた一族の始祖バーブルに思い入れがありバーブルの手記を携えて旅し、この本のところどころに引用している。遺跡にもくわしく、アフガニスタン中部に残る遺跡「ターコイズ・マウンテン」を実際見て感動した。

 さて、スチュワートは現地で世話になったとある家でマスティフ犬を譲り受けた。狼と戦い羊を守る最強の犬種だが、いささか歳をとっていた。さっそくバーブルと名付けた。イスラム教徒はふつう犬を不浄と見なし、かわいがらない。一人と一匹は道連れになった。バーブルはケンカを売ってきた野良犬をなぎ倒し、著者は杖を振りかざしバーブルを守った。雪山でへばりがちなバーブルを引っぱって乗り越えた。異境をよそ者として一人で歩くことにこだわり他人を拒否してきた著者。かわいがられたことがなく誰も近づけさせなかった犬。一人と一匹に絆が生まれ、旅の仲間になった。

 この旅の後、スチュワートはさまざまな外交や政治の仕事を経て、現在、アフガニスタンNPOターコイズ・マウンテン基金を創設、復興支援や職業訓練などに携わっている。やはり、若いころには旅をすべきだ。長倉氏の仕事もそうだが、一人の旅の経験は他の多くの人に何かを与える。「危険だから」「何かあったら自己責任」と旅に出ない出させないお利口さんたちとはこうも違う。

(掲載:『望星』2010年7月号、東海教育研究所より加筆、改変)