本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民』上橋菜穂子 著

616rp8t0fl_sl500_aa300_隣のアボリジニ 小さな町に暮らす先住民 (ちくま文庫)上橋菜穂子筑摩書房 735円    オーストラリア先住民族アボリジニ(英語で「原住民」という意味)と呼ばれる人々は、現在オーストラリア人口の2パーセントだけだ。かつて600以上の地域集団と200以上の言語があった。しかし18世紀からのイギリスの侵攻と植民地化で大勢が殺され、または疫病で死んだ。アボリジニと白人との混血児が増えると、政府は混血児を白人のように矯正するとして親から奪い政府の施設などに入れた。親から自分のルーツから離された人々を「盗まれた世代」という。  今ではアボリジニの文化が色濃く残っているのは北部や内陸の砂漠のみ。白人の町に住み自分たちの言語も話せない人が多数だ。この本の著者、上橋菜穂子が出会ったのはそんな人々。上橋菜穂子は『精霊の守り人』『獣の奏者』などの本で有名な作家だが、アボリジニを研究する文化人類学者でもある。1990年から足かけ9年、西オーストラリアの小さな町のアボリジニたちとつきあい、大地とともに生きる自然人でない、現在のアボリジニの多数派の姿を見た。  著者は2つの町でアボリジニの女性たちと知りあい、彼女らの親世代やその親戚たちの話を聞くことができた。町のアボリジニは白人のなかで働き白人のような生活をしているが、奥地に住む親族集団とのつながりは強く、親戚のしがらみに縛られ伝統の法や呪術師を恐れている。だが、ある年老いた母親は昔、子どもが政府に奪われるのを恐れて一族の言葉を教えなかったという。一方、白人社会になじまないアボリジニを疎ましく思う白人も多い。暴力沙汰やアルコール中毒、ドラッグ中毒などで警察に捕まるアボリジニもいる。貧しさから抜け出すことができないためなのか。多くのアボリジニは伝統の世界と白人の世界の間に落ちこんで身動きがとれないようだ。白人と同じに扱うことがアボリジニにとっては平等になることではないのだ、と著者は苦悩する。  2008年、オーストラリア政府は盗まれた世代へ謝罪した。これが他の民族を良き隣人とすることへつながるか。 (『望星』2010年12月号、東海教育研究所より加筆)