本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『乾燥標本収蔵1号室 大英自然史博物館 迷宮への招待』リチャード・フォーティ 著、渡辺 政隆/野中 香方子 訳

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乾燥標本収蔵1号室 大英自然史博物館 迷宮への招待
リチャード・フォーティ 著
渡辺 政隆 / 野中 香方子 訳
NHK出版
2,625円

    自然史博物館に行ったことがある人は多くても、その裏側へ入った人は少ないだろう。そこは迷宮で、たくさんの謎の物体と、それを自然界に秩序をもたらすべく分類する迷宮の住人たちがいる。

 大英自然史博物館またはロンドン自然史博物館は、大英博物館の自然史部門が1881年に独立したもの。世界最大規模の自然史博物館で世界最高級の自然史研究機関だ。また誰にも開かれた博物館で開館当時から入館無料を貫いている。

 著者リチャード・フォーティは古生物学者。大英自然史博物館に主席研究員として長年勤めていた。この本で博物館の裏のめくるめく迷宮とそこに住まう個性豊かなナチュラリストたちを紹介する。

 大英帝国が栄華を極めた時代、未知の土地の宝物、動植物、化石、鉱物などを趣味人が収集した。そのなかで自然界に存在するものの種類や性質などの情報を収集、記録、整理、分類する学問、博物学が生まれ、大英博物館が誕生した。博物学は今では自然史と呼ばれている。

 大英自然史博物館は現在、古生物、動物、植物、昆虫、鉱物の部門に分かれている。「バットマン」はコウモリの専門家。「ビートルマン」は甲虫の専門家。著者は「三葉虫マン」。研究対象に似てくる。彼らは日夜、資料を収集し過去の研究の集積と照らし合わせて分類している。自然界に存在するものを系統だてて分類するのは生物の多様性を知り生態系を保護し、人々に「人間は自然に何をしてきたか」ということを示すための必要な仕事なのだ。資料は捨ててはいけない。どんなものも記録して保存するのが博物館の役目だ。そのために、秩序だてて分類され記録されるの待っているものであふれた迷宮となった。

 著者は近ごろ博物館が予算を削減されて職員が減り、娯楽施設のようにされていくのを嘆く。この本には、博物館の裏側で人知れず働き続ける人々への敬愛がこもっている。

(掲載:『望星』2011年9月号、東海教育研究所)