本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『図書館大戦争』ミハイル・エリザーロフ 著 / 北川和美 訳

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図書館大戦争
ミハイル・エリザーロフ 著
北川和美

河出書房新社、3,024円

 本には人を夢に誘う力がある。そんな本の魔力を、国の激変に翻弄され打ちのめされた、社会の底辺にいる人々が求めたら…。

 小説『図書館大戦争』。日本で人気の小説とそっくりのタイトルだが、まったくちがう。原タイトルを直訳すると「司書」。作者ミハイル・エリザーロフはウクライナ生まれ、ロシア在住の作家でミュージシャン。この本でロシア・ブッカー賞を受賞した。若いころにソ連崩壊を体験した彼は、作品でソ連時代へのノスタルジーを描く。

 舞台はソ連崩壊後のロシア。発端は過去のソ連時代の埋もれた作家グロモフの書いた一連の小説だ。グロモフの小説にはソ連社会の理想どおりの祖国愛と同胞愛に満ちている。描かれるのは努力、友情、勝利。主人公は共産主義者の工場長か集団農場の議長や帰還兵で、ひたむきに労働に励み仲間たちと力をあわせて職務を成し遂げるのがお決まりの平凡な物語。
 
 そしてソ連が崩壊した現代、グロモフの名も一連の小説も長い間忘れられていたが、ひょんなことから読んだ人に特別な力を与えることがわかった。グロモフの本の力に目覚めたのは新時代に虐げられたインテリ、社会から見捨てられた元犯罪者とホームレス、かつては労働の最前線にいた老女たち。それぞれの小説はタイトルではなく、読んだ人に与える特別の力の効果から、力の書、権力の書、憤怒の書などと呼ばれるようになる。そして本を中心に司書というリーダーのもと図書館、読書室を名乗る団体が組織され、グロモフ界の覇権を争いだす。そんなところへウクライナからやって来たアレクセイ。彼は小さな読書室の司書に祭りあげられて、本と権力をめぐった血で血を洗う苛烈な抗争に巻き込まれていく。

 本にとりつかれた人々は、ソ連が掲げた地上の楽園国家という共同幻想を未だ見ている。それは現実にはすでに崩壊し奪われてしまったものだ。恐ろしく、やがて悲しい夢の残骸。

(掲載:『望星』2016年3月号、東海教育研究所 に加筆訂正)