本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源』ピーター・ゴドフリー=スミス 著、夏目 大 訳

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タコの心身問題 頭足類から考える意識の起源
ピーター・ゴドフリー=スミス 著
夏目 大 訳
みすず書房 3,240円

 タコには心臓が3つ。血は青緑色。自在に体色を変えて周囲に溶け込む。賢い生き物らしい。水槽のから脱走した、という話がよくある。骨がないので目玉より少し大きいスペースがあればすり抜けることができるのだ。ある水族館にいたタコはライトに水鉄砲を浴びせてショートさせた。明るいものを嫌う習性ゆえの行動か。人が入れ替わり立ち替わりする研究室の水槽にいるタコが特定の人間に向けて水鉄砲を食らわすこともあったとのこと。人間の区別ができるようだ。好奇心も旺盛らしい。海に潜ったダイバーに腕を1本をさしのべ、その手を握って、いっしょにしばしの海中散歩をしたこともあったそうだ。だが寿命は約2年。1回の交配後、死んでしまう。子は親から学習できない。その賢さには、人間のように学習して得たものは少ないのかもしれない。
 
 ではタコに知性や意識、心はあるか。タコは頭足類、無脊椎動物。約6億年前に人類や魚を含む脊椎動物と分かれて海に残った。人類には交流のない遠い親戚にあたる。なのにタコの体で脳の占める割合は大きい。身体のニューロン神経細胞)の数は約5億個。犬に近い。人間のニューロンは約1000億個。しかし人間とタコの神経は違う働きかたをしているらしい。人間の神経は脳が体を支配下に置く中央集権型と考えられている。一方、タコのニューロンの多くは腕にある。タコの神経は脳が体を支配する中央集権型と8本の腕が感知し体を動かす分散型が両方あり、状況によって使い分けているのではないか、という説がある。こうなると人類にとってタコはエイリアンだ。
 
 タコの心を考えるのは未知との遭遇である。その前に、まず人間の知性や意識、心はどこから生まれるのかを考えなくてはならない。生物哲学者で熟練のスキューバダイバーである著者はタコと人間のあいだを行き来して思考する。
 
 同じ星に住む異世界生物、タコ。人間とは全く別の知性の存在にわくわくする。


掲載:『望星』2019年2月号(東海教育研究所)に加筆訂正。