本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『声』アーナルデュル・インドリダソン 著 / 柳沢由美子 訳

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アーナルデュル・インドリダソン 著
柳沢由美子 訳

東京創元社
2,052円


 アイスランドの作家アーナルデュル・インドリダソンのレイキャヴィーク警察犯罪捜査官エーレンデュル・シリーズ邦訳第3作。未訳の作品を含めると第5作めになる。犯罪ミステリ小説というより、孤独な人々の家族小説だ。

 クリスマスのレイキャヴィーク。外国からの観光客で満室の一流ホテルに刺殺死体。死んだのはドアマンのグドロイグル。ショーのためにサンタクロースの格好をして、長年住んでいたホテルの地下室で発見された。エーレンデュルたちは捜査をはじめるが、従業員のだれもグドロイグルのひととなりを知らなかった。

 だがホテルに滞在しているレコード蒐集家から、グドロイグルが少年時代の短い間、奇跡の声と言われたボーイソプラノの歌手だったと聞いた。グドロイグルの遺族、父と姉がよばれたが、なにも悲しみもせず面倒事のように憮然としていた。ただ、グドロイグルが歌手をやめたのは変声期を迎えたため奇跡の声が失われボーイソプラノ歌手として使いものにならなくなったため、とだけ語った。

 その後、グドロイグルの故郷で調べたところ、彼の過去が解き明かされた。父親がグドロイグルを有名な歌手にすることを夢見て厳しく扱っていたこと、子どもスターというせいで学校で酷くいじめられていたこと、はじめての大きなコンサートで、歌いだしたとたんに無惨に声変わりしたこと、夢が叶えられなくなった父親と決裂したこと……。

 この物語のテーマは「子どもの傷」だ。エーレンデュル自身の子どものころ、吹雪の山でいっしょにいた弟を失った傷。エーレンデュルの娘エヴァ=リンドの、父エーレンデュルが母と離婚後、自分と会おうとしなかったという傷。父と娘は互いの傷をもっと知ろうとする。

 時間はどんな傷も癒しはしない。ただ、傷の痛みをともに感じ、共有してくれる人がいることだけが救いになる。

(掲載:『望星』2015年10月号、東海教育研究所に加筆訂正)