本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

不完全な司書 青木海青子 著

不完全な司書
青木海青子 著
晶文社

 人文系私設図書館ルチャ・リブロは、奈良県東吉野村の山と川の間にある。著者・青木海青子さんとパートナーの青木真兵さんが、木造の古民家を改装し自分たちの蔵書を解放して作った図書館兼自宅だ。著者は司書。真兵さんはキュレーター。猫のかぼす館長、犬のおくら主任。土地の人々や遠くても訪れる人々に支えられている。

 本は窓のようだ、と著者はつねづね考えている。子供のころ、家や学校に居場所が見いだせず部屋にこもっていた。そんなとき本という窓に夢中になり、そこから吹く風を吸い込み、差す光に温められていた。

 大学で国文科に進学後、大学職員となり大学図書館で司書として働いた。だが仕事でうまく立ち回れなくなり、心身とも不調になった。人を、労働力を差し出す商品と価値づける社会で、自分が存在価値の無いものと思い込む虚無へ落ち込んでいった。

 紆余曲折を経て、奈良県の不便な山の中で私設図書館ルチャ・リブロを開いた。精神疾患を抱えながら、自分が根づいていける場所に根を下ろしたのだ。

 タイトルの「不完全な司書」とは、作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「バベルの図書館」の一節「不完全な司書である人間は、偶然もしくは悪意ある造物主の作品なのだろう」から。図書館長でもあったボルヘスのイメージは、迷宮のような図書館の奥に座する知の巨人。しかし図書館ルチャ・リブロの司書である著者は逆。蔵書も自らの障害をも開け放ち、自分の不完全さを利用者に助けてもらう一方、利用者を助ける、互いに支えあう図書館を作っている。

 以前は「誰かと本の話をしたい」と思っていた著者だが、図書館を開いたら、話したかった人々がつぎつぎとやってくるようになった。著者の読書は、生きづらい状況を生き延びるために本を抱えてきたようなところがあるとのこと。ルチャ・リブロはそんな自身の読んできたものを開いたような場所だ。

 著者と同じく少ししんどい状況の人々が、森から出てきたように、砂漠の旅人がオアシスを見つけたかのようにやってきてくれる。人のつらい状況を解決できなくても、いっしょに頭を抱える、いっしょに悩むことはできる。それはケアにつながる。

 一方、著者はパートナーでルチャ・リブロのキュレーターが配信するインターネットラジオ「オムライスラヂオ」に関わっている。立ち上げのきっかけは2011年の東日本大震災。災害情報の混乱・錯綜から、行政の情報提供や報道の在り方に疑問や懸念が沸き起こった。小さくても自由に発信でき、勝手に編集されてカットされてしまわないメディアを持たねば、と意志からだ。日常の小さな出来事や違和感を語っている。

 今の図書館は情報や地域のにぎわいのためのサービス業のようだ。しかし図書館は時代とともに変化していくため常に未完成なもの。同じく完璧な司書などいない。ルチャ・リブロは、完璧なサービスをめざして巨大化していく図書館とは全く別な存在として立っている。

掲載:『望星』2024年6月号(東海教育研究所)