本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『畏れ慄いて 』アメリー・ノートン著、藤田真利子訳

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『畏れ慄いて』

アメリー・ノートン

藤田真利子訳

作品社、1,575円(品切れ)

 会社員なら誰でも最初は、会社の掟の不条理に、「どうして?」と思う。だがやがてそれにからめ取られ、そして、からめ取られていることすら忘れてしまう。

 その不条理を皮肉と上品な笑いでつづったのがこの本だ。著者アメリー・ノートンは日本で生まれ育ったベルギー人で、フランスでは人気の小説家だ。彼女は日本の商社でのOL体験をこの本で小説にした。フランスで50万部を超える超ベストセラーとなり、日本の「カイシャ」の生態が注目を集めている。

 この本の主人公アメリーくんは、生まれ育った日本でとある商社に入社した。語学力を買われて入社したはずなのに、仕事はお茶くみとコピーとりばかり。だがあるとき他の部の部長から重要な報告書の作成を頼まれ、喜び勇んで書き上げる。しかしこの「直接の上司の許可もなく、他の部の仕事を、新入社員の分をわきまえずに行なう」という「カイシャ」の掟に反する行動が上司の怒りを買う。それから彼女の受難の日々が始まった…。

 この本では「カイシャ」のタテ社会の構造の不条理がマンガ的に描かれている。立派な社長、醜悪な副社長、小心な部長、そして美しい大和撫子だが冷酷な女性上司。彼らの上意下達の絶対構造を、おちこぼれOLアメリーくんは鋭く見抜くのだ。著者はこう書いている。「この本は小説です。わたしの体験をありのままに書いたものだとは思わないでください。しかし、かつて日本の大商社に勤務した体験をもとにしており、カイシャの真実の姿を描いたつもりです。」

 もしアメリーくんがバリバリのキャリアOLで、声高に「日本は変だ!」と叫ぶ物語だったなら、こんなにおもしろいものにはならなかっただろう。まあアメリーくんは計算能力が欠如しているなど、あまりにも会社やビジネスに向いていない。おそらくベルギーやフランスの会社でもダメだっただろう。

 ちなみにこの本を元サラリーマンの父と元OLの女性数人に読んでもらった。父は、この本に書いてあったことは「あり得るよ」と言った。一方、女性たちは「あり得ない!」「おかしい!」とのことだった。どうして? 女性の方がアメリーくんに共感すると思ったのに。

 このアメリーくんのカイシャ感、どう思われますか?

(掲載:『望星』2000年、東海教育研究所に加筆)