本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『図書館 愛書家の楽園』アルベルト・マングェル著、野中邦子訳

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図書館 愛書家の楽園

アルベルト・マングェル著

野中邦子

白水社

3,570円

 日本語で図書館と訳される英語Libraryは、ただ図書館をさすだけでなく、本を集めてある状態、または場所のことも意味する。書斎や書庫、鞄に入った数冊の本、コロンビアでロバの背にのせて山村を運ばれる巡回文庫も、この世のすべての書物を収集するという大望で作られた古代エジプトアレクサンドリア図書館も、コンピュータのファイルも、この本の著者アルベルト・マングェルが夢想を巡らす場である3万冊の本を収めた書斎も、ライブラリーなのだ。

 この本の原題は「夜の図書館」。古今東西の図書館について、著者が夜に思いを巡らせた本の宇宙への思考の旅だ。著者マングェルはアルゼンチン生まれの作家。幼少時から各国を転々とし、現在はフランスに住む。著書『読書の歴史 あるいは読者の歴史』がフランスで賞を受賞。マングェルは、高校生のときブエノスアイレスの書店でのアルバイトで、伝説的な作家にしてアルゼンチン国立図書館館長、本の世界の盲目の巨人ホルヘ・ルイス・ボルヘスに本を朗読する仕事をしていた。その影響か、マングェルの本への愛と知識は世界中のありとあらゆる歴史を網羅する。

 著者いわく「昼のあいだ、書斎は秩序に支配されている…夜になると蔵書目録の定める秩序はもはや通用しない。影のなかでは、その威力も保たれないのだ」。夜の図書館で彼は本の世界を冒険する。メソポタミアの碑文、中国の莫高窟にしまわれた書物、破壊されたマヤの文書、ナチス強制収容所のわずかな蔵書、ロビンソン・クルーソーが孤島に流れ着いたときに持っていた数冊の本などなど。

 「この世の存在をたえず確認(そして証明)するために、私たちはこの世について語りつづける。人の理解がおよばない、不可解さと混沌のうちにありながらも首尾一貫した何か、また、私たちもその一部をなす何か—そのイメージのなかにこそ、人間とこの世界が作られているのではないかという問い。かつて爆発をへた宇宙と、宇宙の塵たる私たち人間には、言葉で表せない意味や秩序があるにちがいないという希望。私たちが読む本、そして私たち自身が読まれる本としての世界、それを指し示す古い比喩を何度も語りなおすときに感じる喜び。人が現実から知りうるものは、言語で組み立てられた想像の産物ではないのだろうかという思い—これらすべてが図書館と呼ばれる人間の自画像のなかに具現化され、形をなしている。そして人が書物に注ぐ愛、もっと多くの本を見たいという欲望、果てしない喜びを約束してくれる本がぎっしり詰まった書架のあいだを歩くとき、豊かな教養を秘めた書庫に対して感じる誇らしさは、何よりも胸を打つ瞬間であり、最高に幸福な所有の喜びを示している。人生には悲惨なことや悲哀があふれているが、この狂気の裏にはなんらかの筋道があるはずだという確信、嫉妬深い神々の意のままにはなるまいとする意志のなかに、私たちを慰め、救いとなってくれる力強い信念が込められているのだ。」

 この世界と同じく、図書館は混沌から生まれた。その混沌を愛する多くの人々に創造され秩序を与えられ維持されてきた。世界を知る幸せのために。

(掲載:『望星』2009年1月号、東海教育研究所より加筆修正)