本のいぬ

本のあいだをふらふら歩く、 のらいぬ澤 一澄 (さわ いずみ)の書評ブログ

『阿部謹也 最初の授業・最後の授業 附・追悼の記録』阿部謹也追悼集刊行の会編

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阿部謹也最初の授業・最後の授業―附・追悼の記録

阿部謹也追悼集刊行の会編

日本エディタースクール出版部

2,520円

 歴史家、阿部謹也氏は日本の歴史学界の大きな星だった。ドイツ中世史を中心に幅広く歴史を見つめてきた。1935年生まれ。一橋大学で長く教鞭をとった。著書『ハーメルンの笛吹き男』で、謎の笛吹き男が街中の子どもを連れ去ったという有名な伝説を史料文献や学者たちの論説から綿密に考察し、当時の歴史背景から1つの説を得た。そのほか『中世の窓から』『社会史とは何か』で中世ヨーロッパの社会を民衆の立場から掘り下げ、また広く見渡し、日本の歴史学において中世ヨーロッパ社会史を育てた。

 また歴史家の視点で日本を昔から現在まで見て著書『世間とは何か』で独自の世間論を打ち上げた。日本では、西洋で定義できない「世間」というものが「社会」と似て異なる形で支配している。その変遷と人との関わりから日本における「個人」の在り方を掘り出した。

 2006年病没。この本は阿部氏のご家族と教え子が作った追悼の本だ。氏の最初の授業と最後の授業を講義ノートから採録し、そして各界から寄せられた追悼の言葉などを収めている。

 最初の授業は1965年、小樽商科大学で行った「歴史学」の授業。日本におけるヨーロッパの学問の受容から始まり、ヨーロッパ人歴史家の自分たちの歴史についての思想を概観しヨーロッパにとって中世とは何かを考えることで歴史学へ導くもの。大学生には難しかっただろう。最後の授業は2006年、東京藝術大学で行った「自画像の社会史」の授業。西洋と日本の画家が描いた自画像を見ながら、社会のなかの個人の表現を語った。

 阿部氏の歴史を見つめるレンズは、個人の小さな出来事から社会の大きな流れまで幅広い。そのレンズから語られる世界は遠い過去のものでも私たちの共感を呼ぶ。広い世界を見せてくれる人を失ってしまった。

(掲載:『望星』2008年12月号、東海教育研究所)